2013年4月25日木曜日

名越


名越

名越(なごえ)は、古くは難越(なごし)と呼ばれていた事に由来する字名と云われています。 山に囲まれた鎌倉を往来する地形の厳しさを表しているようです。
『新編鎌倉志』では、現在、大町と住居表示されている辺りから乱橋までを名越と云い、また『吾妻鏡』の云う北条時政の名越邸というのは、浜御所とも云うことから、前浜(由比ガ浜)寄りにあったと考えられているので、鎌倉期では大町から材木座までを含む広大なエリアを名越と云ったのかもしれません。

長勝寺から見た名越の展望

名越の特徴の一つとして、丘陵部に、大町釈迦堂口遺跡やまんだら堂など、やぐら群が多く分布していることから、一大葬送地区として活用されていた事が挙げられます。 松葉ヶ谷の入口、安国論寺の手前にある三枚橋は、おそらく三昧橋の意味で、その先が葬送地区になっていることから付けられた呼称だと考えられています。

大町釈迦堂口遺跡
安国論寺

丘陵部ばかりに目を移すと、暗い感もありますが、大町や前浜(材木座)などは幕府が指定した商業区域でもあったため、平地では町人や商人などで賑わっていたようです。 また、日蓮が布教の場としていたのが名越で、現在でも多くの日蓮宗のお寺がこの辺りに残されています。

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