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住吉城跡丘陵部からさらに小坪の奥へ行くと、ちょっとした漁港になっています。この辺りに小坂天王社が残されていることから鎌倉期の御家人で小坂太郎光朝の邸があったと云われています。
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新編鎌倉志 飯島項挿絵 ①現在の大崎公園位置 ②小坪切通 ③小坪村 ④正覚寺(住吉城跡) ⑤飯島・和賀江嶋 |
上画像は『新編鎌倉志』(以下鎌倉志)の飯島項挿絵です。飯島から小坪にかけた地理が描かれています。鎌倉志は「分かりやすさ」が優先されるようなので、一概に実際の地理と比較できませんが、この辺りの様子が伝わってきます。小坪にはその所在地からも漁村と思われる村(画像「3」)が形成されていて、さらに山越えの道として小坪切通(画像「2」)があったようです。
小坂光朝邸
前述した小坂天王社ですが、地図には記されてはいるものの祠があっただけで、社殿が建つような神社ではありませんでした。付近には現在でも使っていそうな井戸が残されていましたが、これは「殿の井戸」と呼ばれるもので、小坂太郎光朝の邸内にあったものと考えられているそうです。
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殿の井戸 |
『吾妻鏡』正治二年(1200)の項では、二代将軍の頼家が北条義時をはじめとする御家人達を連れて小坪に海辺の散策や船の遊覧で訪れていることが記されています。
この時に小坂太郎光朝がお弁当を用意したようで、しかもこの小坂邸の前で、朝比奈三郎義秀と和田常盛の兄弟が相撲をとっています。頼家とその御一行が楽しそうに小坪での遠足?を楽しんでいた様子が記されていました。ちなみに笠懸もあったようで、相撲をとった和田常盛や結城七郎朝光などが射手として参加しています。
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現在の小坂邸跡前辺り 背後の丘陵が今回の探索ポイント |
それぞれの縁起がよく分かりませんが、丘陵にかけて八幡宮、天照大神社、諏訪神社などいくつも神社がありました。
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小坪の八幡様 |
小坪切通
漁港を奥へ行くと、佛乗院(ページ最下部にあるグーグルマップの赤のマーカーL)という江戸期に創建された寺院の横に庚申塔が置かれていました。そこから丘陵を登って行けるのですが、これまた途中に鳥居や祠が残されています。
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庚申塔と丘陵の登り道 |
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丘陵登り道途中から眺めた景色 |
途中山腹に住宅が密集していて、丘陵頂部では雰囲気がガラッと変わって高級住宅街となります。近くに小坪から逗子方面を見渡せる大崎公園があります。
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大崎公園から鎌倉方面を眺めたもの 住吉城跡・稲村ヶ崎・江ノ島・富士山が見える |
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大崎公園から逗子・葉山方面を眺めたもの |
さて、佛乗院前に庚申塔が置かれているということは、そこが江戸期からの道であったということになりますが、今来たこの山道がそうなんでしょうか・・
ちなみに上の鎌倉志の絵図を見てもらうと分かるのですが、小坪切通(絵図「2」)が描かれています。小坪から披露山に向かう道筋のようです。ですからとにかくこの丘陵のどこかに切通し路があったのでしょう。もしくは134号線辺りの完全に土地開発されてしまった辺りなのかもしれません。
ちなみに小坪寺からこちらの丘陵を眺めた時、一部分だけ住宅が建ち並び丘陵頂部がへこんでいる地点がありました。もしかしたらこれが小坪切通の跡なのかと思いましたが、どうなんでしょう、そう見えるだけでしょうか。
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小坪寺から眺めた小坪切通? |
謎の横穴
そして丘陵奥の先端近くの海岸まで足を伸ばすと、なんと!すごいです。壁面に3つの横穴が並んでいるではありませんか。
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中に入るとさらに驚くことに、これら全て内部で繋がっています。
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横穴内部 |
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こんなやぐらを見たことがありません。だからといって古墳時代の横穴墓にしては造りが複雑すぎるでしょうか。
もしこれがやぐらだとしたら、このような異形態を市史や調査報告書が記さない訳がありません。が、どんな資料にも記されていませんでした。
しばらくの間、謎のままでしたが、稲村ヶ崎で地下壕を発見した時にこの謎が解けました。具体的な資料があった訳ではありませんが、これは戦時中に旧日本軍が掘った壕の類だと思われます。当時、相模湾周辺は、アメリカ軍の上陸作戦に備えた陣地がたくさん作られていたそうです。これもそれに付随するものと思われます。
鎌倉遺構でないことに一瞬がっくりきましたが、これはこれで歴史の遺構として興味深いものでした。
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洞窟から海が見える こんな景色なかなか見ないですよね |
和賀江嶋にも近いことから、せっかくなのでこの人気のない海岸で中世の青磁の欠片が落ちてないか探してみました。するとなんか面白い魚が・・。
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さらに辺りにはウニの残骸が。
サーファーの方達がちょっと拝借してるんでしょうか。
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学校帰りに渋谷で遊んでいた私は、その話しを聞いたのが20歳そこそこのナウいヤングだったこともあってか、そんな遊びしか出来ないのかと、彼女の生まれ育った環境におぞましさを感じました。
しかしこうしてアラフォー世代となって鎌倉で自然の素晴らしさを知った今、逆に学校帰りに海に行ってウニを捕って遊べるそんな環境の方がうらやましいのではないかと思いました。
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探索期間 2012年8月~2013年5月
記事作成 2013年8月5日
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