2014年6月16日月曜日

最明寺


山号寺号 東光山最明寺
建立   弘長三年(1263)頃
中興   日遠



最明寺縁起


寺伝によれば、弘長三年(1263)に死去した執権北条時頼を偲び、土地の人達が幕府に願い出て時頼の分骨を受け一字を創建したのが寺の起こりと伝えられています。その後荒廃していたところを日蓮宗の日遠が再興し、現在の山号になったと云われています。境内奥には時頼の墓と伝わる石塔が安置されています。

北条時頼墓

源氏山


裏山はハイキングコース散策路として整備された源氏山と呼ばれる丘陵部となっています。眼下に伊豆長岡町、そして田方平野を経て多賀山地までを見渡せます。

裏山を登っている途中から
裏山頂部から
源氏山尾根
裏山にあった怪しい岩壁

七福神スタンプラリー


源氏山周辺に所在する史跡の各地に七福神像が置かれています。最明寺には布袋尊がありました。石像にスタンプがいっぱい押されていたので、お地蔵さんにお水をかけてあげるように、この地域ではどうやらスタンプを押してあげるようです。私も布袋さまにスタンプを押してきました。しかし何か違う・・これはどうやら七福神をめぐるためのスタンプラリーだということに後で気付きました。布袋尊に押されたスタンプはただのイタズラだったようです。勘違いしたとはいえ申し訳ないことをししてしまった私も同罪です。

布袋尊
ごめんなさい布袋さま

最明寺入道


西明寺入道と呼ばれた時頼の墓と伝わる石塔が明月院にあります。明月谷に時頼が晩年を過ごした最明寺や最明寺北亭があったと云われています。また、諸国行脚をしていたとこでも知られる時頼ですが、全国各地にある時頼廻国伝説は、影武者などを使ったスパイ説が有力です。但し、ここ北条氏の故郷ぐらいは訪れたのかもしれません。ここ最明寺にはもちろん時頼が立ち寄ったという伝承が残されているようです。




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探索期間 2014年5月
記事作成 2014年6月16日

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