2014年6月19日木曜日

三嶋大社


社号   三嶋神大社
祭神   大山祇命 積羽八重事代主神
創建   不明


総門

三嶋大社


伊豆国一の宮として古くから崇敬を集めてきた三嶋大社は、創建時期が不明であるものの奈良・平安時代に既に記録が文献に残されています。また、三嶋の地名はこの三嶋大社からきていると社伝にありました。源頼朝が伊豆に配流されていた際、三嶋大社に源氏再興を祈願し、鎌倉に幕府を開いた後、社領を寄進し、謝恩のために社殿を造営しています。

舞殿

三嶋大社境内


頼朝が三嶋大社に参詣した際、安達盛長がこの場所で警護していたと伝えられる安達九郎盛長警護の跡、北条政子が勧請した厳島神社などが大鳥居近くにあります。そして総門の向こうには旧総門だった芸能殿に客殿と、神門をくぐった先にある舞殿・本殿に至る壮大な境内に圧倒されます。

相生松 安達九郎盛長警護の跡
厳島神社
厳島神社の池 池の水が抜かれていたレアな場面に遭遇
美しい芸能殿
客殿

吾妻鏡の三嶋大社


『吾妻鏡』には、三嶋大社で源頼朝が源氏再興・平家討伐の祈願をしている様子が度々記されています。箱根権現・伊豆山権現・三嶋大社をセットで必ず詣でています。これを二所詣と云うそうです。例えば、文治四年(1188)の記事には、足利・新田・小山・三浦など、よく耳にする御家人の名がお供したとして記されています。また、武装兵が300騎にも及ぶとありました。武装した騎兵だけで300騎なので、実際にこの二所詣に参列した人数は相当数だったことが推測できます。もの凄い物々しいお参りですね。


交通の要衝 三嶋大社


富士山の下に東海道が通っています。東海道を西から鎌倉方面に向かうと箱根路と足利路に分岐します。この東海道箱根路沿いに三嶋大社が所在し、ちょうどそこから伊豆の中央を南下する下田街道が通っています。下田街道を南下すると、頼朝や北条時政がいた伊豆韮山となります。三嶋大社は東から西から南からと、壮大なT字路の中央に位置していました。

伊豆
①下田街道 ②北条(韮山) ③三嶋大社 ④東海道箱根路 ⑤東海道足柄路

境内には「たたり石」と呼ばれるものがあります。三嶋大社前を通っていた旧東海道の中央にあったもので、行き交う人の流れを整理する役目を果たしていたそうです。

たたり石

三島


三嶋大社の最寄り駅となる三島駅の近辺は、意外と言ったら失礼ですが、新幹線の駅だけあってか、商店が軒を連ねていました。今回の伊豆旅行で「伊豆に住みたくなったらどうしよう?でも住むなら東京にすぐ帰れるように三島か熱海かな~」なんて考えながら歩いていると、不動産屋の店頭チラシに5LDKで家賃8万円とありました。けっこう広々と快適に暮らせそうです。

三島駅前
三島駅前商店街

また、駅前通りの真ん中に溶岩の固まりが並べられた敷地がポツンとありました。愛染院という寺院跡なんだそうです。三島も随分と土地開発が成されたみたいです。

愛染院跡




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探索期間 2014年5月
記事作成 2014年6月19日

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