2014年7月21日月曜日

幻の池子・長ネギ道


十二所で生まれ育ったご老公の話によると、ご老公は幼い頃に光触寺裏山から池子方面に長ネギなどを採りによく行っていたそうです。ちょうど戦後間もない頃で、その時すでに池子は在日米軍の施設として活用されていたので、命がけで行っていたと大げさに面白おかしく語っていました。不思議な事に長ネギは鎌倉にあったものより池子のほうが断然おいしかったそうです。池子は縄文時代末期から弥生時代にかけた遺物が多く発見されています。古代の人達は良好な土壌を知っていたのかもしれません。ということで、私はそのご老公が幼い頃使っていた尾根道を「池子・長ネギ道」と呼んでいます。

十二所 光触寺のある谷戸

池子・長ネギ道


ご老公の話を聞いてからいつか私も行ってみようと思っていましたが、鎌倉には魅力的な場所がたくさんあるので、なかなかスケジュールに組み込む余裕がありませんでした。しかし今回ようやくその池子・長ネギ道に向う機会に恵まれました。また、上記したように、池子は在日米軍の敷地となっています。以前は弾薬庫として活用され、現在は軍関係者の住居地となっている模様です。ですから厳密に言うと、ご老公が幼少期に散策していた尾根道のほとんどが立ち入れない状況です。不明な部分の多い鎌倉の歴史のように、今回もわずかながらの痕跡をたどる探索となりました。

Google map 鎌倉

自分自身がどの辺りに行くのかよくわからない状況でスタートしましたが、コース序盤にあった落書きのような案内書きによってこの辺りの地理を把握することができました。地図画像を見てのとおり、光触寺裏山から尾根道を南下したいところですが、在日米軍の敷地となるため立ち入れません。光触寺裏山からハイランドの逗子側にある久木大池公園を目指すことにしました。

Google map 十二所

やまなみルート 宇佐小路


久木大池公園にあった案内板によると、下画像で示した緑線を「やまなみルート」と云い、中世以来、三浦半島から鎌倉に至る重要な生活道だったとありました。そしてやはり、ルート途中で米軍施設を横断し南下する尾根道が当時はあったそうです。今回は光触寺裏山から久木大池間を往来しましたが、これはやまなみルートの一部となるようです。また、鎌倉市教育委員会の調査報告書には、光触寺裏山辺りを「宇佐小路」と記しています。そして『十二所地誌新稿』(以下地誌)によれば、宇佐八幡宮がこの辺りに所在していたとあったので、それが路の名の由来かと思われます。ということで、池子・長ネギ道という自分で勝手に付けた名前をタイトルに使用しましたが、今回の記事の正確なタイトルは「やまなみルート 光触寺~久木大池編」といったところでしょうか。

Google map やまなみルート

光触寺裏山


光触寺裏山から登頂すると、谷戸で生活していた人達の歴史が刻まれているかのごとく、怪しく興味深い地形がいくつもみられます。まずは属性不明の横穴がありましたが、これがなんなのかわかりません。もしかしたら自然に出来たものなのかもしれません。鎌倉に通いだした時、誰にも発見されていないやぐらを見つけたいと思っていました。その夢が叶ったとこれを見つけた時思いましたが、ちょっと微妙です。ただ、この横穴の目の前に掘割状地形が下に続いています。何か関連するものなのかとポジティブにとらえてしまいます。

謎の横穴内部

少し進むと、石切り場として活用されていたのか、地形が複雑になってきます。人の手が加わっているのが明らかです。また、土橋状が残された堀切が何箇所かでみられます。まぁ堀切と言っても鎌倉の尾根道でよくみられる小さなもので、城郭遺構とかではなく掘割状が交差しているだけのものだと思われます。個人的には丘陵を挟んだ谷戸と谷戸の連絡路跡ではないかと考えます。

光触寺裏山尾根
小さな堀切

在日米軍施設


しばらく行くと、在日米軍の敷地内となるようで、これ以降画像のように壁とフェンスが延々と尾根道に並行します。これがやまなみルートに乗っかった証となります。

やまなみルート

途中でフェンスが壊れていて楽々侵入できる箇所がありました。ちょっと行ってみたい衝動にかられましたが、米軍施設に勝手に侵入する勇気はありません。というか、池子は米軍関係者の住居施設だとされていますが、もしもそれが建前でホントはエリア51みたいな施設を隠し持っていたらどうしようと、逆に夢のある想像が膨らみます。宇宙人なんか見てしまった日にはもう帰してくれないでしょうね。ちなみにこの池子施設内に侵入した場合、日本の法律で裁かれると看板にありました。

フェンスが破損している箇所 向こうは異世界

明石ヶ谷裏山


さらに進むと、今度は明石ヶ谷の裏側辺りを歩くことになります。明石ヶ谷といえば、大江広元の邸があったことで知られています。また、現在は何も残されていませんが、生楽寺や一心院などの寺院が往時では所在していたと云われています。ちょっと凄いですこの辺り。やはり寺院裏山部分に当たるだけあってか、尾根上に新・旧の掘割状がいくつも確認できます。きっと中世からこの辺りの尾根道が使われていたのだと思います。

切通し
旧道跡?①
進行方向からは堀切となるこの掘割状が現在の尾根道とは違う方向に向かっている
旧道跡?②
左側が現在の尾根道で右側の切り通された掘割状の真ん中を米軍のフェンスが遮っている
旧道跡?③
左側の矢印が現在の尾根道で右側には掘割状が藪で覆われている

ちなみに地誌に、わからなくなった(土地開発などで)旧道として、「明石ヶ谷から池子方面へ抜ける道」がそのひとつに挙げられていました。私が見たどれかがそれに当てはまるのかもしれません。そしてしばらく行くと、久木大池公園に近づいたのか、ハイランドの規則的な街並みが木々の隙間から見えてきました。


久木大池公園


そして久木大池公園に到着。ホントに大きな池がありました。池の周辺は切岸が施されています。地図で確認すると、このままハイランドを横断すれば名越山に向かうことができます。そんな尾根道が昔はあったのかもしれません。ちなみにハイランドは、住宅街となる前はゴルフ場だったと十二所のご老公が言ってました。

久木大池
大池周辺の切岸
水分が豊富なエリアの緑はキレイ

光触寺に自転車を停めたのでこれにて私は引き返します。ということで、今回は馴染みのある光触寺からスタートしてしまいましたが、やまなみルートを全て堪能するには、このハイランド久木大池公園か、反対の六浦駅側からスタートするのが望ましいのでしょう。今度は果樹園~六浦駅間のやまなみルートを行ってみたいと思います。

光触寺に停めておいた自転車が待ちきれなかったのか倒れていた ゴメンね



より大きな地図で 十二所  を表示

探索期間 2014年7月
記事作成 2014年7月21日
Special thanks 十二所のご老公

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