2014年8月9日土曜日

光触寺


山号寺号 岩蔵山光触寺
建立   弘安二年(1279)
開山   作阿
開基   一遍


光触寺(こうそくじ)は十二所に所在します。鎌倉旧市街地内ではあまり見かけない一遍を祖とする時宗です。若宮大路沿いに商業施設が集中する現在の鎌倉旧市街地からすると、十二所は寂しい土地柄に感じますが、往時では六浦道沿いに面する交通の要衝に位置していました。

Google map 十二所周辺
光触寺付近の六浦道
光触寺谷入口

光触寺縁起


『十二所地誌新稿』(以下地誌)によれば、町局が一字を建立し運慶に造立を依頼した阿弥陀仏を安置したのがはじまりとされています。当時は真言宗で岩蔵寺と号していました。町局は将軍実朝の局と地誌にあったので、建保年間(1213~1219)頃の話かもしれません。その後、弘安五年に(1282)一遍が鎌倉入りしたとき、三代目の住持が帰依し、作阿弥陀仏と名を改め時宗に改宗しました。このとき岩蔵寺を山号に用いて岩蔵山光触寺と号しています。その他『鎌倉の古絵図』には山号は江戸時代まで「藤触山」、開山は一遍智真(1289年寂)、一説には作阿(1285年寂)とあります。さらに『かまくら子ども風土記』には、町局が比企ヶ谷に岩蔵寺を建てたとあります。それぞれ微妙に情報が異なります。


往時の光触寺


江戸時代に往時を偲んで作成された光触寺境内絵図が残されています。塔頭と思われる一養庵・向徳庵・蔵福庵の他、熊野・山王・権現・法蔵・俵蔵・常徳・宿松などの名がみえます。光触寺のある谷戸いっぱいに境内が広がっていました。そして本堂のことを火印堂と注しています。これは光触寺の本尊が頬焼阿弥陀と呼ばれることに起因します。『新編鎌倉志』にその詳しい逸話が載せられています。

光触寺境内絵図
Google map 光触寺周辺
①光触寺橋 ②光触寺 ③光触寺やぐら群 ④羽黒山・宇佐宮 ⑤生楽寺跡 ⑥一心院跡 ⑦伝大江広元邸跡 ⑧地蔵堂 ⑨六浦道

塩嘗地蔵


境内に塩嘗地蔵と呼ばれるお地蔵様があります。当時、六浦の塩売りが鎌倉に入る時には初穂として塩をこの地蔵に供えたのですが、帰りには塩がなくなっていたので、お地蔵様がなめたのだろうということがその名の由来と云われています。そしてなんとこのお地蔵様が光触寺古絵図に描かれています。当時は谷戸を出た六浦道沿いにお堂が建てられていてその中にあったようです。上地図画像の⑧がその地蔵堂跡比定地です。

塩嘗地蔵
地蔵堂のあった場所 光触寺谷から六浦道を挟んだ対面にある

頬焼阿弥陀


本尊の阿弥陀仏は頬焼阿弥陀と呼ばれています。前述した町局の家で物がよく失くなったので、町局に仕えていた万才法師に嫌疑がかけられました。万才法師は戒めのため、顔に火印を押されましたがいっこうに跡が付きません。しかし不思議なことに本尊の阿弥陀仏の頬に焼印が付けられていました。万才法師がいつも念仏をしているので、人々は阿弥陀様が身代りになられたのだと考えました。阿弥陀仏の頬の焼け跡は何度修復しても直らなかったそうです。さらに光触寺の本堂を火印堂と呼ぶのもこの出来事がもとになったと考えられています。その他、日輪寺(廃寺)の本尊と伝わる阿弥陀仏が光触寺に残されています。


光触寺旧境内


上古絵図からも谷戸いっぱいに光触寺境内が広がっていたことがわかりますが、ほとんどが丘陵部崩落防止のための工事で旧態地形が失われています。一部分で切岸と横穴がみられました。横穴は私有地なので近づけません。やぐらなのかわかりません。

丘陵部壁面が切岸となっている

上地図画像④の辺りに祠と複雑な地形がみられます。地誌に羽黒神社があったと記されていますが、古絵図を見るとそれどころではないほど多くの建物がみられるので、この祠に何が祀られていたのかはわかりません。また、地誌の記述からは宇佐宮(宇佐八幡)もこの辺りにあったように受け取れます。

山腹にある平場 畑として活用されているがもともとあった地形なのだろうか

光触寺やぐら群


光触寺からさらに谷戸の奥へ行くとやぐらが残されています。それから中世のものと思われる無縁仏となった石塔が結構多く残されています。十二所在住のご老公がこれを「やとばか(谷戸墓)」と呼んでいました。谷戸にある墓だからなんだそうです。昔は今ほど居住スペースと墓域の境界線があまりなかったのでしょう。居住スペース(谷戸)にどうしてお墓があるのだろうと考えるいかにも現代人の発想からくる呼び名ですね。


その他、大々的な石切り跡が残されています。そこから丘陵を登ることができます。池子・逗子・六浦などに向かうやまなみルートにアクセスできます。お寺あり、やぐらあり、石切り場あり、裏山ありと、結構色々と残されていて素敵ですココ。

石切り場跡
光触寺裏山尾根



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探索期間 2012年4月~2014年7月
記事作成 2014年8月9日

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