2014年9月17日水曜日

坂ノ下御霊神社


社号 御霊神社
建立 平安時代後期頃
祭神 鎌倉権五郎景正


御霊神社の御霊とは尊い祖先の御魂の意です。神社の創建は平安時代後期と伝えられています。極楽寺坂を下った住宅街の奥に坂ノ下御霊神社が所在します。

極楽寺坂

御霊神社とは


桓武天皇の子孫となる平良兼の孫で村岡忠通の子に為通・景成・景村・景通・景正の5人がいて五家に分かれたと云われています。忠通の死後にこの五家が栄えるようにと鎌倉に神社を建て忠通と五家の祖先を祀り「御霊の神」「五霊の神」などとして尊敬されてきました。五家は鎌倉・梶原・村岡・長尾・大庭の五平氏で、これら各地に御霊神社が残されています。やがて鎌倉権五郎景正だけを祀るようになったのは景正の武勇があまりにも優れていたからと云われています。

梶原にある御霊神社

葛原岡神社のある場所にはもともと梶原御霊神社がありました。ですから梶原御霊神社にはその残された地名からも葛原親王が祀られているとも云われています。そして平良文の邸が村岡にある高谷砦跡にあったと云われ、また墓が大船の二伝寺にあります。石塔は適当にあしらったものだと思われますが、とにかく良文の伝承が残されているからこそあるのでしょう。こうして調べると、これら史跡からも坂東平氏と呼称される一族が当時から大船から藤沢にかけた地域を根拠地としていた様子がうかがえます。

葛原岡神社

ここ坂ノ下御霊神社は、五家の中でもどうやら大庭氏に特に関連するようです。坂ノ下周辺が大庭御厨の飛地だったという説があり、また『吾妻鏡』文治元年八月の条に、御霊社が鳴動し大庭景能が驚いて頼朝に報告していることが記されています。市史ではこのことから坂ノ下御霊社が景能の支配下にあったことを示していると考えてよいであろうとありました。

平良文の墓所があるニ伝寺

御霊神社境内


さて坂ノ下御霊神社ですが、鳥居の前に江ノ電が通っています。何も知らずにこの光景を見た人はさぞかし驚いたか笑えたことでしょう。でもよく考えたら円覚寺なんか境内を横須賀線に分断されてしまってますよね。


境内は一目で見渡せるほどですが、石上神社・地神社・金比羅社・御嶽社・第六天社・祖霊社・秋葉社・稲荷社など多くの社が合祀されています。


境内にある庚申塔には、延宝元年(1673)、文政八年(1825)の年号が刻まれたものがあるそうです。極楽寺坂にあったものと思われます。

庚申塔

鎌倉権五郎景正武勇伝


祭神の景正は後三年の役(1083~1087)に16歳で八幡太郎義家に従い東北へと遠征に向かいました。金沢の柵の合戦において右目を矢で射られたものの、景正は矢も抜かず敵と応戦していたと伝わっています。弓を引く場合、現在は矢を頬にあてて射のるがスタンダードとなっているようですが、甲をつけた場合は胸にあてて引いたと云われています。そのいずれにしても右の目で照準をつけるので、左右の目はどちらかというと左の目を射られたとするほう方が妥当のように思われると市史にありました。境内には、鎌倉権五郎景正が弓を立てかけたと伝わる弓立の松という古木が置かれていました。

権五郎さまが弓を立てかけたという弓立の松

権五郎さま


御霊神社は地元の人に権五郎さまと呼び親しまれているそうです。確かに、私が訪れたときも境内をフラフラすることなくお参りだけしてさっと帰ってゆくいかにも地元らしき方々が何組も訪れていました。


面掛行列


御霊神社では毎年9月18日にお祭りがあります。9月18日が鎌倉権五郎景正の命日と伝わっているからなんだそうです。拝殿右手に青竹を四方に立てて主連縄を張り五穀豊穣を祈る鎌倉神楽・湯立神楽とも呼ばれる湯花神楽が行われ、県の無形文化財に指定されている面掛行列が神輿の前を練り歩きます。

面掛行列の様子 境内にあった案内板

面掛行列は、爺・鬼・異形・鼻長・烏天狗・翁・火吹男・福禄寿・おかめ・女の10のお面をつけた人で構成されていて、鶴岡八幡宮の放生会を行ったときに舞楽面の行列があったものを真似て坂ノ下村民が作らせたものと云われています。この面掛行列がいつからはじめられたのかはわかっていませんが、面に刻まれていた明和五年(1768)の銘から少なくとも200年以上前から行われていたと考えられています。一度見てみたいです。




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探索期間 2014年7月
記事作成 2014年9月17日

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