2014年9月7日日曜日

甘縄神明神社


社号 甘縄神明神社
建立 和銅三年(710)
祭神 天照大御神


甘縄


『かまくら子ども風土記』(以下風土記)によると、甘縄の「甘」とは海女のことで、「縄」は漁をするときの縄の意味だろうとありました。甘縄神社や長谷寺のある辺りからは海岸も近くその名の由来が伝わってくるようです。また、長谷寺からも近い光則寺には古墳時代横穴墓がありました。中世以前の人達の価値感においても甘縄は居住区としてとても条件の良い土地柄だったのかもしれません。

江ノ電長谷駅から近い由比ヶ浜

甘縄と染谷太郎時忠


7世紀から8世紀にかけて中臣鎌足の子孫で関東総追捕使だった染谷太郎時忠なる人物が現在の江ノ電由比ヶ浜駅付近に邸を構えていたと云われています。そして甘縄神社の前を通る街道は、鎌倉市教育委員会の調査報告書(以下調査報告書)によると、往時では大町大路と呼ばれていた幹線道路で、なんと、古東海道でもあった可能性が高いようです。その染谷時忠との関連性や甘縄神社の縁起やからも、甘縄周辺は頼朝の鎌倉入り以前に鎌倉で最も栄えていたエリアだったのかもしれません。

大町大路 まっすぐ奥に進むと長谷寺
道沿いにある平盛久の石碑や庚申塔など

甘縄神社縁起


『鎌倉市史 社寺編』(以下市史)によれば、「和銅三年(710)八月、行基の草創で染谷時忠が山上に神明宮、麓に神輿山円徳寺を建立し、源頼義が相模守として下向、上野介直方の女をめとり当社に祈って八幡太郎義家を甘縄の地に生んだと伝える。」とありました。源氏のカリスマ八幡太郎義家より歴史が古く、さらにはお寺があったそうです。その他「神仏分離により寺は廃絶した」「明治二十年に長谷寺の鎮守であった五所明神社を合祀」などと記されているので、そのお寺が失くなり現在の様相になったのはそんな昔のことではないようです。そして『吾妻鏡』によれば、頼朝は三度、政子は二度、実朝は一度、ここ甘縄神社に参詣しています。

拝殿
本殿

甘縄神社境内


階段を登った中腹の平場に拝殿、一段高くなった場所に本殿があります。佐助稲荷と同じく拝殿と本殿の位置する高さが違います。興味深いひな壇状地形です。また、上記したように、境内には長谷寺の鎮守であった五所明神社や秋葉社が祀られている他、北条時宗産湯の井などがありました。秋葉社は光明寺にもありましたね。中腹からさらに少し登ると拝殿より一段高い場所にある本殿を近くで眺められます。

拝殿のある中腹からまた少し登れる
秋葉社
本殿

裏山


本殿の辺りからさらに踏み跡のような道が続いています。登ってみたところ木々の隙間から遠目ながらも海が見えました。また、昔の登り道だったのではないかと思われるちょっとした掘割状らしき地形も確認できます。尾根付近に出たところで民家らしき建物がすぐそこにあったので、探検は打ち切りとしました。往時ではどんな風に活用されていたのでしょう。

踏み跡のような道
海が見えた! 「海女縄」を実感できた瞬間

長治二年(1105)頃に成立した『堀河院百首和歌』にある左京大夫藤原顕仲の歌に鎌倉の情景が詠まれています。

かまくらみこしがたけに雪きえてみなのせ川に水まさるなり

「みこしがたけ(御輿ヶ岳)」「みなのせ川(水無瀬川)」という興味深い固有名称が記されています。「みこしがたけ(御輿ヶ岳)」は甘縄神社裏山、「みなのせ川(水無瀬川)」は現在の稲瀬川だという説があります。ですから木々の隙間から見えたこの景色(上画像)は、御輿ヶ岳からの展望なのかもしれません。

海岸にある稲瀬川の碑 鎌倉草創期では鎌倉の西境となる


安達氏と甘縄


甘縄神社の辺りに安達藤九郎盛長が邸を構えていたと云われています。付近に石碑が置かれています。安達盛長は頼朝の伊豆配流時代から使えていた忠臣で、安達一族は鎌倉末期まで御家人の代表格のような存在として存続します。甘縄神社に隣接した場所で発掘調査が行われた際、武家邸の板塀の基礎部分などが見つかりました。盛長の邸跡とも考えられていますが確証は何もないそうです。また、無量寺ヶ谷の辺りも甘縄と呼ばれていて付近に安達氏の邸があったと云われています。


北条時宗産湯の井


境内に井戸があって「北条時宗産湯の井」と名付けられています。こういう鎌倉の史跡に本気でツッコミを入れてはいけないのだと最近は空気を読めるようになったので、このネーミング・センスに対する言及は控えておきますが、そういえば、伊豆の北条氏邸跡にあった井戸も「政子産湯の井」と名付けられていました。ちなみにこの井戸は「北条時宗が松下禅尼(安達氏出身)の孫で安達氏の邸で産まれているから」と風土記にありました。

北条時宗産湯の井



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探索期間 2011年9月~2014年7月
記事作成 2014年9月7日

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