2014年11月16日日曜日

2014年11月 鎌倉遺構探索便り


円覚寺


最近は、北鎌倉、というかほぼ建長寺にハマってました。ということで北鎌倉です。北鎌倉駅を降りると、円覚寺が目の前なので、行き先が決まっていてもどうしても寄ってしまいますよね。門前は紅葉の季節が近づいている様相でしたが、境内はそうでもなかった、というより全然でした。

円覚寺

選仏場と寿徳庵の間にある敷地の向こうで何やらやっています。遠目ながらもやぐらがいくつも見えます。ただ単に土地の整備なのか、それともやぐらなどの発掘調査なのか、とにかく近づけないのでさっぱりわかりません。


建長寺


建長寺境内を描いた古絵図のコピーをもらいました。古絵図には建長寺の敷地いっぱいに塔頭が描かれています。この古絵図と実際の地形を照らし合わせながら、広大な建長寺境内を隈なく散策してきました。とても楽しかった反面、建長寺のあまりの奥深い歴史に、ちょっと勉強が追いつきません。

建長寺

合法的に非公開寺院に入る方法


建長寺境内に大手宅配便の車が停まっています。ドライバーさんは駆け足で建長寺の塔頭に荷物を届けています。ここで思いましたが、建長寺・円覚寺などの大寺院の塔頭はほとんど一般の拝観を受け付けていませんよね、でもこのように鎌倉市で宅配便のドライバーとして働くと、毎日のように建長寺・円覚寺だけでなく、鎌倉中の非公開寺院の中に入れるのだと気付きました。でもゆっくり見たり写真を撮ったりすることはできないですね。


建長寺の寺院跡


建長寺の中心伽藍を抜けて、古絵図に描かれた塔頭跡をめぐります。改めて思いましたが建長寺って広いですねぇ。上って下って奥行って戻ってきたりと、建長寺の隅から隅まで堪能してきました。あまりのボリュームに、建長寺をいくつかのエリアに分けて現在記事を作成しています。良ければまた見にきてください。

雲外庵跡
旧道
金剛院跡
勝上獄(半僧坊)から
地獄谷 
朱だるぎやぐら
十王岩から

西御門


帰りは西御門から抜けることに。いつ来ても思いますが、西御門の谷戸の急坂っぷりといったらありません。角度がありすぎて歩いているだけで足を捻りそうです。転がったら八幡様までノンストップで行けますきっと。

西御門の急坂

大倉幕府跡空地


いつからこうなっているのかわかりませんが、西御門に空地があります。一般観光客が八幡宮から頼朝法華堂跡に向うルート上にあります。

西御門の空地

鎌倉市教育委員会の調査報告書『大倉幕府跡』を参考に下地図画像を作成しました。調査報告書を執筆した専門家自身が「なんか広すぎる」といった旨を記していましたが、とにかく四角の白線内が現時点での大倉幕府の推定範囲です。地図画像①がその空地で、②が以前に偶然発掘現場に出くわした場所です。「道跡が出てきた」と現場にいた関係者の方から聞きました。

Google map 大倉幕府

こうして確かめてみると、なんとっ!空地部分はモロに幕府の中心部じゃないですかっ。以前に政所跡で幼稚園が建つとか建たないとかでモメていましたが、こちらももしかしたらその後の土地活用のあり方でモメているから空地のままなんでしょうか。それにしても、ここに住めたらいいですね。

ほのぼの風景


明月谷にキレイな鳥がいました。サギという鳥なんだそうです。詳しい人が「東京でも見れるよ」と言ってましたが、絶対見たことありません。

サギ

鳥といえばそういえば、建長寺の回春院ではカルガモが優雅に泳いでいました。何羽もいたので家族でしょうか。ちなみにこの池には鯉もいるんですけど食べられたりしないんでしょうかね。

回春院の大覚池でくつろぐカルガモの皆さん 10羽ぐらいいた

ネイティブ鎌倉市民


ところで、鎌倉で生まれ育った人たちと話していて気付いたある共通点というか、共通ワードをあるとき発見しました。例えば鎌倉駅の江ノ電がある方の出口を地元の人達は裏口と言っています。何故だかわかりませんが、鎌倉駅が今どき2つしか出口がないことに起因するのかもしれません。また「由比ヶ浜」を発音するとき、たぶん皆さん日本人らしくどこにもアクセントを置かず「ゆいがはま」と普通に発音すると思いますが、鎌倉や逗子の人たちは最初の「ゆ」にアクセントを置いて発音しています。口頭で伝えられれば簡単なんですが、字で書くと「ゆぃがはま」みたいな感じでしょうか。とにかく少し違和感を感じるというかちょっと違うんですよ。急にローカル感が漂うというか、その発音を聞くともの凄い田舎街に来たような雰囲気を感じるんです。ちなみに、いつか鎌倉に住もうと思っている私は、この「裏口」も「ゆぃがはま」も既に使っていますw。

光明寺から見た「ゆぃがはま」 夏期撮影

探索期間 2014年11月
記事作成 2014年11月16日

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建長寺伝延宝図

延宝六年(1678)徳川光圀施入と伝えられる建長寺境内を描いた古絵図

巨福呂坂

鎌倉と山ノ内を結ぶ鎌倉の大動脈にある坂道

建長寺四方鎮守 第六天エリア

建長寺の四方鎮守のひとつ第六天が所在する丘陵部に残された遺構

建長寺中心伽藍

日本初の禅寺建長寺の直線上に伽藍が建ち並ぶ魅惑の中心部

建長寺雲外庵跡

半僧坊参道にあった建長寺塔頭跡に残された痕跡

建長寺旧参道

勝上獄へ向う旧道沿いに残る塔頭や華厳塔の痕跡をめぐるルート

建長寺勝上獄 半僧坊

雄大な景色を望める半僧坊権現が祀られた勝上獄エリア

ワメキ十王跡

建長寺伝延宝図に描かれた十王跡とレイライン上に位置する十王岩

建長寺回春院と地獄谷

建長寺の歴史を遡る地獄谷に残された伝承の痕跡をめぐる

建長寺歴代住持

高僧・名僧ばかりの建長寺歴代住持の解説

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