2015年2月13日金曜日

鎌倉時代に虫歯はなかった?


歯医者に行ってきた


検診で歯科院に行ってきました。5年ぶりということもあって、詰め物のメンテナンスの他、「歯周病になったら怖いよ」と脅されたので、歯石取りなんかもやってもらうことに。歯と歯茎の間に器具を突っ込んでお掃除してもらったのですが、とても痛かったです。特に前歯辺りは拷問かと思ったほどでした。ネットで調べたところ、痛みは個人差、もしくは歯科院や衛生士にもよるとありました。誰でも出来ることなら歯医者にかかりたくありませんよね。ということで、今回の記事は歯と食文化をテーマにしてみました。



鎌倉時代の頭骨発掘からわかったこと


『よみがえる中世』の河野真知郎先生が執筆した項に、面白い記述がありました。鎌倉で南北朝期までの層から出土した頭骨を調べたところ、奥歯がかなり磨耗しているものがよく見られたそうです。当時は蒸米・雑穀・堅果類といった食料だったので、現代より硬い食事が主だったことが要因と言えるようです。そしてここが興味深いところで、「歯槽部病変は別として、筆者は一例の虫歯にも出会ってない」とあります。出土した頭骨の全てに虫歯がなかったということです。これを踏まえ「当然調味料に甘味のあるものが少なかったとは思われるが、現代の食塩配合の歯みがき以上に塩辛いものを食べていたのだろう」と推測していました。

2014年7月 六浦道沿いで偶然に発掘現場に居合わせたときのもの

虫歯にならないほど塩分を摂るって・・、現代の感覚からはとてつもなく健康に悪そうですが、このことからも塩分配合の歯磨き粉に効果があることが証明されたことになります。思わず「へぇ~」と頷いてしまいました。とにかく一つ言えるのは、鎌倉時代には虫歯などなかったとは言い切れませんが、河野先生の調査結果からも、少なくとも鎌倉時代の人たちには虫歯はあまりなかったようです。


鎌倉時代で虫歯だった人といえば・・


ということで、鎌倉時代には虫歯になる人があまりいなかったのでしょう、とここで話は終わらず、『吾妻鏡』に、頼朝が歯痛を患っている箇所があったのを思い出しました。ちょっと調べたところ、建久五年(1194)の8月から10月までの間に、頼朝が歯痛で苦しんでいる記事がなんと5つも確認できます。京から薬を取り寄せたりしていましたが、効かなかったのか、しまいには足利義兼を日向藥師に「歯痛が治るように」と御参りに行かせてます。その後頼朝の歯痛の記事は見当たりません(たぶん)。どうなんったんでしょうね。

源頼朝と伝えられてきた人物画

河野先生の「一例の虫歯にも出会ってない」という調査結果に横やりを入れるような吾妻鏡の記事でしたが、これは頼朝のような上層階級であれば、一般庶民よりは甘味料などを摂っていたと考えるべきなのでしょうか。そういえば、私は歯医者で「君は虫歯になりやすい体質」だと言われました。現代よりも虫歯が少なかったであろう鎌倉時代でも、このように体質などが関係するのかもしれません。

足利氏の菩提寺浄妙寺


鎌倉時代の食料事情 陸獣編


『よみがえる中世』の同項では、鎌倉時代の人たちの食料事情が記されていました。鎌倉では牛馬の骨が多く出土するそうですが、肉を取るような解体痕らしきものが確認されていないため、当時は牛馬を食することはなかったと推測されています。また、犬の遺体もだいたい牛馬と似たような状態であることから、普通の人々が犬を食べるようなこともなかったと考えられるようです。

鎌倉時代の人たちに食べられていたかどうかわからない動物
鎌倉時代の人たちに食べられていた動物
(イラストは『歯科素材屋さん』からいただきました。)

とすると、当時は肉食がなかったのかというと、確かに仏教上の建前で肉食禁忌がありましたが、一方で六波羅殿(北条重時)でおなじみの『六波羅殿御家訓』には、「魚鳥を骨までしゃぶるような食べ方をするな」という項目があるので、肉食自体はあったものと考えられています。鎌倉時代の人たちは主に鹿や猪などを食べていたようで、また食べていたかどうか分からない微妙なラインとして、狼や猿などが挙げられています。『鎌倉市史 考古編』にもありましたが、昔の鎌倉には鹿や猿などがその辺にいたそうです。円覚寺には鹿が出てきたと伝わる白鹿洞という横穴がありますし、さらに驚いたのは、住吉城跡の神明神社に猿の看板がありました。近現代までいたのでしょうか。

円覚寺 白鹿洞
住吉城跡 神明神社にあったもの


鎌倉時代の食料事情 魚介類編


魚類に関しては、現在と同じく色々な種類の魚が食べられていたそうです。また素人では捕獲できないような種類が含まれていたそうなので、当時の漁師さん達のレベルも高かったようです。まぁそもそも朝比奈三郎義秀なんかは素手でサメを捕獲できるぐらいですから、そもそも昔の職人さんの方がある意味レベルが高かったかもしれません。(『朝比奈三郎義秀の伝承は本当か?』)

朝比奈三郎義秀

また、貝類では、アワビ・サザエ・アカニシ・ハマグリなどが食べられていました。なかでもアカニシが大量に消費されていたとありました。アカニシって聞いたことあります?。私は初耳でした。ネットで調べたところ、どうやらアカニシというのは、ほぼサザエと似た食感なんだそうです。さらに裏話として、飲食店で「サザエですよ」と偽ってアカニシを出しているところもあるそうです。それだけ似ているんでしょうね。鎌倉時代の人たちが好んで食べていたのだから、私も一度くらいアカニシを食べてみたいと思います。

アカニシ


まとめ


ということで、虫歯になりたくなければ、塩分を過剰摂取すればかなりの予防になることが鎌倉時代の人たちの例からもわかりました。でもそれって虫歯にはならなくても違う病気になりそうですね。まぁなにはともあれ、虫歯はなくとも半年に一回ぐらいは歯科院に検診に行った方がイイみたいですよ。

日本常民生活絵引より カニ・ハマグリ・タコなどが並べられている

カテゴリー 鎌倉研究部
記事作成  2015年2月13日

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