2015年5月8日金曜日

2015年5月 鎌倉遺構探索便り 葉山編


今回は、前回の続きとなる新善光寺から先の葉山での史跡めぐりとなりました。もちろん今回も鎌倉から自転車で向かいます。葉山から衣笠に向かいそのまま衣笠城跡などの史跡にも立ち寄るつもりでしたが、何せ距離があるため移動に時間と体力を奪われ、衣笠城跡を通り過ぎて帰ってくるという何とも情けない終わり方となりました。また、まだまだ勉強不足のため、それぞれの史跡の詳細な記事は後日ということで今回もダイジェスト的なご報告となります。そして今回も鈴木かほる著『三浦半島の史跡みち』(以下史跡みち)を参考にしています。

Google map 三浦半島
①長柄 ②山口有綱邸跡 ③木古庭不動堂 ④畠山 ⑤大明寺 ⑥曹源寺 ⑦満昌寺 
⑧しおさい公園 ⑨旭屋牛肉店

長徳寺跡


前回、畠山地蔵のある長徳寺というお寺が見つからないモヤモヤ感を残したまま史跡めぐりを終えたため、今回もう一度長柄に寄ってみようと思いました。

長徳寺の裏山 阿部倉山

『史跡みち』それから逗子でもらった観光マップにも長徳寺があると記されています。それなのに長徳寺があるらしき場所には何もなかったんです。現地に着いたら近隣住民の方に聞いてみようと思っていたところ、着いた途端タイミングよく近所の方が家から出てきたので、早速尋ねてみました。するとなんと、お寺は無くなったそうで、さらにその長徳寺にあった畠山地蔵は近くにある仙光院というお寺に移されたそうです。著書や観光マップに記されておきながら無くなっているということは、長徳寺が廃されたのは比較的最近の出来事のようです。

長徳寺のものと思われる石造物

近隣住民の方に本堂があった位置を教えてもらいました。『史跡みち』にやぐらがあると記されていたので、そのやぐらの位置が推測しやすくなるからです。ハイキングコースに登らずに藪を奥に入っていくと寺院跡らしき痕跡があります。五輪塔・六地蔵・近世の墓石・無縫塔などなど。ちょうどここが位置的にも本堂裏となるようです。やぐらは藪で隠れているのか、穴は危険なため塞がれたのか、ちょっとわかりませんが見つけることができませんでした。それにしてもここが寺院跡だとわかると、ただの藪も感慨深いものです。

長徳寺本堂裏と思われる場所

せっかくなので、長徳寺の裏山となる阿部倉山に登ってみようと思ったところ、ちょうどこれからハイキングコースに向かういかにも山男といった感じの方がいらっしゃったので、ちょっと話をうかがいました。山男さんによれば、阿部倉山には見晴台や長徳寺の遺跡らしき痕跡もないようなので先に進みたいと思います。


上山口


長徳寺跡が所在する長柄から前回の続きとなる新善光寺の先に向かいます。国道134号から県道27号にアクセスし新善光寺を通り過ぎて上山口という土地に入ります。結構な移動距離ですが、古東海道である可能性が高い道筋のようなので退屈しません。上山口にある大昌寺を目指しましたが、県道からかなり奥の山際に所在していました。「随分とへんぴな所にあるんだなぁ~」なんて思っていたら、道沿いに庚申塔が点在しています。どうやらこの地域を通っていた旧道は県道27号よりずっと山寄りにあったようです。

上山口の山際の道
こうやって庚申塔や石像物が道沿いに点在する

大昌寺のある辺りが山口有綱(三浦義澄の弟)の邸跡という伝承が残されているそうです。街道を下に眺める高台に位置するだけに、そう言われればそうなのかもしれないと思えてきます。

大昌寺 

木古庭不動堂


木古庭不動堂という面白そうな史跡に向かいます。こちらも丘陵中腹のような位置に所在します。ほんと登ってばっか・・。

底面は舗装されているが往時は完全に山道の様相だったのだろう

『史跡みち』に「創建は古そうである」としか記されていなかったので、創建年月日は不明なのかもしれません。瀧谷山不動堂と云うだけあって、ホントに滝がありました。素敵・・

木古庭不動尊

江戸時代には相撲や芝居が行われ、多くの見物客でとても賑わっていたそうです。参道横にひな壇状地形が残されていますが、それら芝居などのために施された屋外舞台の名残りで、遺構としてもとても珍しいそうです。

ひな段状地形マニア感激の参道横にある屋外舞台の名残り 

畠山


木古庭不動尊から県道27号を挟んだ丘陵部寄りに伊東家長屋門が残されています。そしてなんと、そこから入った畠山と呼ばれる場所が衣笠合戦で畠山重忠が本陣を置いたところだと『史跡みち』にありました。長距離自転車移動のため、山登りは体力温存のために控えたいところですが、「畠山重忠が・・」とか言われたら登らずにはいられません。

美しすぎる切通し

登り道は丘陵中腹ぐらいまでコンクリート舗装されていましたが、いよいよ旧態地形に突入となったその瞬間、まばゆいばかりの美しい掘割状が私を迎えてくれました。こんな美しい切通し見たことないかも・・ってぐらい。びっくりしました。そして切通しを抜けると今度は怪しい造作の竹林。ここに何かあったんでしょうか。

クレーター状に土地が落ち込んでいる 専門用語でこれを何と言うのだろう?

興奮冷めやらぬまま尾根道を進み、その先にあった畠山頂部からの景色にまたまたビックリ!付近を軽く見渡せるぐらいかと思っていたら「海が見えるんですけど」・・ということはあれは横須賀港でしょうか。さらにここ畠山から連なる山々にアクセスできるようなんですが、やはり残りの体力面なども踏まえハイキングはまた今度の機会にしようと下山しました。興奮しすぎたためか、伊東家長屋門を見学するのをすっかり忘れました。

畠山頂部からの景色

衣笠


木古庭から池上、そして衣笠に到着し、大明寺と曹源寺に立ち寄りました。大明寺の参道の長さにビックリ。とても壮大な雰囲気でした。大明寺の裏山には大田資康(大田道灌の子)の土饅頭が残されていると寺縁起にありましたが、真新しい墓塔があっただけで、しかも裏山の墓地開発っぷりからも、既に失われているのではないかと思われます。

大明寺

同じく衣笠にある曹源寺が所在する辺りは、発掘調査の結果から、郡衙(律令制下のお役所)があった可能性があるそうです。

曹源寺
ツツジのお寺でした

それではいよいよ衣笠城跡へ・・と行きたいところですが、体力の残高ゲージが底を尽きました。長い帰り道の体力も残しておかなきゃいけないし・・ということで残念ながらここで今日の史跡めぐりを終了と致します。ただ、ここまで来て三浦の殿にご挨拶しないのも筋が通らないので、三浦大介義明が追善供養されたという満昌寺に立ち寄りました。

満昌寺

帰り道


衣笠城跡を横目に134号に出て海岸線を伝い鎌倉に戻ります。「今日の営業は終了です」といわんばかりに陽の光が弱まり雲ってきました。しおさい公園で『葉山町の歴史とくらし』を購入し、森戸まで行ったところで念願の旭屋に寄り、4時の遅めのランチとして葉山コロッケを食べて帰りました。

帰り道 立石の辺り



カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2015年5月8日

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エリア別 葉山

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