2015年5月15日金曜日

平泉に行ってきた!


昨年の伊豆に続き、今年の史跡めぐり一人旅は平泉としました。頼朝が平泉文化を模範に永福寺を建立したことは有名ですが、ようやくその平泉文化の痕跡を肌で体感することができました。地方に行くと車が必須だと思ってしまいますが、平泉中心部は鎌倉と差ほど変わらぬ広さのようだったので、現地で自転車をレンタルして2日間平泉をまわりました。

今回お世話になった相棒チャリ 中尊寺通りで

困ったことにとても寒かったです。やはりこちらは季節が少し遅れているようで、東京だともう旬の過ぎた花がこちらでは全盛期だったりします。少しだけ時間を巻き戻したみたいと言ったら大げさですが、何ていうか、壮大な時差を体感したような、そんな不思議な感覚でした。ということで、今回訪れた平泉の主な史跡をダイジェスト形式で並べてみました。

達谷窟


頼朝が奥州合戦の帰りに立ち寄ったことが吾妻鏡に記されています。


観自在王院跡


奥州藤原氏二代目の基衡の妻が建立したと伝わる寺院跡。壮大な庭園遺構や路跡が残されています。

観自在王院跡

無量光院跡


奥州藤原氏三代目の藤原秀衡が宇治平等院の鳳凰堂を模して建立した寺院跡。浄土庭園の最高傑作と云われていますが、跡地なので何のことやら・・。

無量光院跡

柳之御所跡


吾妻鏡に記されている「平泉館」に比定されています。敷地が広くて壮大です。その他、資料館で色々と勉強できます。

柳之御所跡

高館


義経最期の地と伝わっています。また、有名な松尾芭蕉の「兵どもが夢の跡」はここで詠まれた歌なんだそうです。

義経も眺めたであろう高舘義経堂からの景色

束稲山


西行が平泉に二度訪れています。平泉から見えるこの束稲山を歌に詠んでいます。

向こうに見えるのが束稲山

長者ヶ原廃寺遺跡


10~11世紀にかけた遺物が発掘された壮大な寺院跡。安陪氏に関連したものと考えられています。礎石や基壇らしき跡がみられます。

長者ヶ原廃寺遺跡

白鳥舘遺跡


平泉周辺の大動脈となる北上川に面した天然の要害。安陪氏の一族で白鳥則任の居城跡と伝わっています。本丸・二ノ丸などの曲輪や空堀などが残されています。

白鳥舘遺跡

白山社跡


平泉の四方鎮守の一つ。土塁や堀などが残されています。

白山神社

金鶏山


三代目秀衡が金の鶏をこの山に埋めたと云われています。平泉の中心にそびえるシンボル的な存在です。

金鶏山

塔山


毛越寺と中尊寺の間の丘陵です。ウォーキングトレイルが施されています。

塔山からの景色

平泉文化遺産センター


平泉町が運営する展示館で平泉の歴史や史跡を勉強することができます。

平泉文化遺産センター

毛越寺


浄土庭園の極み。二代基衡と三代秀衡によって営まれました。壮大な庭園遺構・伽藍遺構が残されています。

毛越寺

中尊寺


ご存知金色堂のある平泉の代名詞的な寺院。金色堂だけでなく讃衡蔵でも貴重な仏像や遺物を見ることができます。

中尊寺金色堂

鎌倉やそれに最近だと逗子や葉山に行って「自然が残されてるっていいなぁ」なんて思ったり、実際にもそう言ったりしていましたが、平泉のあまりの奥深い自然を目の前にして、本当にこの大自然の中で住んだらどうやって生きていけばいいのだろうと悩んでしまいました。また、東京に帰ってから各方面にお土産を配りましたが、何人かの人に「平泉ってどこ?」って聞かれました。私の感覚からすれば「はぁ?何言ってんの?」と返したいところですが、世界遺産といえど、歴史に興味のない人からすればどうでもいいんでしょうね。私も鎌倉に興味を持たなかったら知らなかったかもしれません。ということで、各史跡の詳細な記事は後日アップするのでよければまた見に来てください。

壮大すぎる平泉の自然




カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2015年5月15日

「平泉に行ってきた」関連記事



鎌倉遺構探索リンク