2015年6月1日月曜日

2015年6月 鎌倉遺構探索便り 葉山編


前回の続きとして衣笠へ行くつもりでしたが、鎌倉出発のサイクリングだとちょっとやっぱり無理があるかと・・冷静に考え直し、今回は葉山、そして横須賀市に入り和田義盛の開基と伝わる浄楽寺・無量寺のある辺りまで行きました。帰りは、秋谷から湘南国際村のある山を通って上山口に出るルートを選びましたが・・これが大失敗。これほど高い山だとは思わず、無駄に体力を消耗してしまうことに。でもまぁ何はともあれ海岸線の景色が素敵な一日でした。

google map 三浦半島
①鎌倉 ②葉山堀内 ③葉山長者ヶ崎 ④横須賀秋谷・立石 ⑤横須賀佐島・天神島 
⑥横須賀長坂・芦名 ⑦葉山上山口

タモブラ


先月、平泉に行っている間に鎌倉遺構探索のアクセス数が見たこともない数字に跳ね上がっていました。いつもメールをくれる方から、NHKのタモブラという番組で、浄光明寺など、鎌倉が紹介されていたと教えてもいらいました。ですからどうやらそのTV番組の関係でアクセス数が伸びたようです。特に『浄光明寺敷地絵図』という記事にアクセスが集中していました。まだまだTVも影響力あるんですね。その後、タモブラの録画を見せてもらいましたが、結構イイ番組でした。グルメとかどうでもいい情報が一切ないし、しかも鎌倉に関して今さらTVから知らない情報を得られるとは思いませんでした。

一の鳥居から見た八幡宮

ということで、上画像は若宮大路一の鳥居から見た八幡宮です。実はこんなところから八幡宮が見えるなんて知りませんでした。タモブラで知り、ちょっと感激。でもそういえば後深草院二条もこの辺りから八幡宮が見えたと『とはずがたり』に記していましたね。

霧・・?


では134号で逗子・葉山方面へと向かいます。この日は快晴!・・のはずが凄い霧が出ています。これは珍しいのでしょうか、それとも海の町では当たり前なんでしょうか、これだけ鎌倉に来て初めて見た光景でした。でもこんなに霧が出てしまうと三浦半島側から江ノ島が見えなくなるじゃん・・とちょっと先行きが心配になります。

材木座海岸

葉山堀内


葉山港のある鐙摺に到着。前々回の逗子・葉山編で立ち寄るのを忘れたのが、鐙摺の不整合という地層です。案内板を簡単に掻い摘むと、古い地層と新しい地層が不整合の関係で重なっているということらしいです。正直よくわかりません・・

鐙摺の不整合

鐙摺から森戸の手前にある元町ぐらいまでを堀内と云います。堀内って地名よく聞きますよね、そもそも堀内とはだいたいお殿様の邸跡だったことがその名の由来となっています。ですからここ葉山の堀内も殿がいらっしゃったようです。もちろん三浦一族の誰かであることは間違いありません。まだちゃんと調べてないので先走るのも何ですが、三浦大介義明の六男で杜戸六郎重行が長徳寺の辺りに邸を構えていたと『葉山町の歴史とくらし』(以下歴史とくらし)にありました。長徳寺といっても前回の便りで取り上げた長柄の長徳寺とはまた別です。

堀内長徳寺

池子東昌寺にある乾元二年(1303)の五輪塔は、ここ堀内にあった慶増院というお寺にあったものです。二階堂氏の墓と伝わっています。もうちょっと調べてみたいところですが、葉山は海岸線以外は観光地ではありません。あんまりよそ者がウロウロする場所ではないようです。でも葉山堀内には色んな大物が邸を構えてウロウロしていたみたいですね。

怪しい・・何跡に建てた家なのだろう

長者ヶ崎


堀内・森戸と進み、長者ヶ崎に到着。この岬面白い形状をしているし遠くに横穴まで見えます。たぶん壕の類でしょうけど。先端まで行けるのかと思ったらそんな道はありませんでした。その昔、長者がここに住んでおり草木をたくさん植え「葉山」になったと云われています。頼朝がまだ伊豆に配流中、三浦を訪れ、芦名為清が頼朝に語った話なんだそうです。

長者ヶ崎

立石公園


長者ヶ崎を過ぎると横須賀市に入ります。歌川広重も描いた立石公園に寄ってみました。先月に行った平泉毛越寺の庭園にもこんな箇所があったのを思い出します。『三浦半島の史跡みち』(以下史跡みち)の著者鈴木かほる先生も「三浦半島でとりわけ美しい海岸」と評しています。元町で買っておいた葉山コロッケをここで食べました。

立石公園

立石不動尊


近くに立石不動尊なる史跡があったので立ち寄ってみました。木古庭不動堂にある滝を三浦半島唯一の滝らしい滝と『史跡みち』にありましたが、ここにも滝があります。なかなか渋い境内で素敵でした。しかももう紫陽花咲いてます。

立石不動尊

若命家長屋門と神明社


少し進むとあったのが、秋谷の名手若命家の長屋門と神明社。神明社は元弘元年(1331)に若命基盛が勧請したとありました。

若命家長屋門と神明社入口

佐島・天神島


秋谷から進むと今度は和田義盛開基と伝わる浄楽寺があります。想像はしていましたが、想像以上に何もありませんでした。ということで佐島の先に天神島という島があるということで行ってみることに。十二所神社や淡島神社などがありました。

十二所神社

寿永元年(1182)、北条政子の安産祈願のため佐原義連がここ十二所神社に代参しています。三浦十二天神は三浦氏の氏神だと『史跡みち』にありました。また近接する淡島神社がなんとピンク色をしていたのにビックリ。縁起を読むと、縁結びや安産の神さまだとあったので一応納得。

まさかのピンク色した淡島神社

普通に道がつながっていたので島という感じがしなかった天神島に到着。天神島臨海自然教育園という所でまったりできます。向こうにまた笠島という島が見えます。砂浜一面に貝殻が敷きつめられていてとてもキレイでした。

天神島臨海自然教育園

長坂・芦名


佐島を抜けまた戻るように進むとあったのが無量寺。こちらも和田義盛の開基と伝わっています。近くに長坂やぐら群という案内板がありましたが、庚申塔が並べられているだけでした。もう失くなってしまったのでしょうか。ガッカリ・・。また芦名城跡もこれまた何処が城跡なのかさっぱり。ただ、三浦半島だけあって、各所で三浦一族の誰かが必ず登場しますね。

長坂やぐら群って・・・庚申塔ですけど

関根不動尊


これ以上進むと戻れなくなりそうなので引き返すことにします。来た道を戻るのはつまらないので、立石公園の辺りから海岸線を離れ、葉山の上山口に抜け、長柄・逗子を経由して鎌倉に戻ろうと思います。道を進むと子安の里という土地になります。視界いっぱいに広大な自然が広がります。『史跡みち』にあった関根不動尊という史跡に立ち寄ってみることに。関根川に沿った遊歩道を歩いて進みました。川の水はキレイだし、カルガモはいるわで素敵でした。

関根川

関根不動尊に到着。私の勝手なイメージですが「不動」ってだいたい滝とかあるんじゃないかと思ってましたが、ここにはありませんでした。ただ遊歩道が素敵だったので良しと考えることにします。そして最初に言ったようにここから辛く長い登り坂を延々と走ることに。

関根不動尊

上山口


長い山越えの道を経てようやく上山口へ。前回見つけることができなかった伝猪俣小兵六と伝岡部六弥太の墓を探しました。何故見つけられなかったのかわかりました。旧道沿いから少し奥まった場所にあったからです。この画像で大きさが伝わるかわかりませんが、1m以上ある五輪塔です。迫力あります。材木座来迎寺にある五輪塔と似ているような気もします。『史跡みち』には、伝承とは別に、この辺りに邸を構えていた山口有綱一族のものではないかと推測しています。

伝猪俣小兵六と伝岡部六弥太の墓

帰り道沿いなので新善光寺にまた寄ってみました。先月はツツジでいっぱいの参道がすっかり緑に変わり、しかもここでも紫陽花が咲き始めていました。新善光寺は葉山で一番素敵なお寺です。

新善光寺

ということで、前回・前々回を含め、ひとまずこれにて葉山の主要な史跡をだいたい回ったことになります。各史跡の詳細な記事をなるべく早くアップするつもりなので、良ければまた見にきてください。



カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2015年6月1日

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