2015年10月11日日曜日

大磯・湘南平史跡めぐり ~寺社・市街地


大磯・湘南平史跡めぐり「ハイキングコース編」に続いて寺社・市街地編です。大磯での史跡めぐりは、大磯が東海道の宿場町だった影響からか近世の面影が目立ちますが、曽我物語に登場する虎御前に由縁する延台寺、西行に由縁する鴫立庵などが微かに中世の名残りを伝えてくれました。

東海道五十三次 大磯の虎が雨

歌川広重は大磯を描くにあたり、このように雨を降らせています。曽我兄弟の命日である陰暦5月28日に降る雨を虎御前の涙とみて「虎が雨」と云い季語として使用されると『おおいその歴史』にあったので、広重はその「虎が雨」の情景を描いたのでしょう。江戸時代でも曽我物語が庶民の間に浸透していたんですね。

吾妻鏡にみる大磯


『吾妻鏡』建仁元年(1201)6月1日条に、将軍頼家が大磯に泊まり遊女らと過ごしたことが記されていることからも、大磯には遊女がいて、そして将軍が泊まれるほどの施設が鎌倉時代からあったことがわかります。また平安末期に相模国の国府が余綾郡(現在の大磯町・二宮町・平塚市一部)にあったと考えられています。

Google map 大磯
①高来神社 ②化粧坂 ③道祖神社 ④延台寺 ⑤浅間神社 ⑥熊野神社 ⑦東光密院 ⑧鴫立庵 
⑨白山神社 ⑩妙大寺

ちなみに将軍頼家の大磯遊覧には話の続きがあって、一夜明けた翌日のこと、頼家のお呼びがなかった遊女愛寿が突然出家してしまいます。これは、愛寿のあまりの美しさに、仲間が妬み頼家に彼女の存在を伏せていたことから、愛寿が頼家にお目見えできなかったという事情があったようです。彼女を気づかった頼家は、愛寿に褒美を贈りましたが、彼女は受け取らずそれを高麗寺に奉納し何処かへ行ってしまったとありました。

本宿エリア


JR大磯駅前から国道1号に出た辺りが宿場町として最も賑わっていたエリアです。上地図画像にも印しましたが、狭いエリアに寺社が集中しています。あまりにも多すぎるので印してない寺社の方が多いかもしれません。

江戸時代におけるJR大磯駅前国道1号の様子

特に神社がこれでもかとありましたが、上に印した道祖神社・浅間神社・熊野神社・白山神社の他、神明神社や愛宕神社に御嶽神社まで見られます。全国各地にある有名神社の展覧会のようなエリアです。

熊野神社
白山神社
御嶽神社

ということで、高麗山・湘南平ハイキングコースの後、こちら駅前に集中する寺社エリアに立ち寄ってみました。

本宿エリア散策


虎御前にまつわる虎御石があることで知られる延台寺の創建は慶長四年(1599)です。現地案内板のイラストには海がすぐそこにあるように描かれていますが、現在は西湘バイパスがあるのでこのようには見えません。

現地案内板イラストより

虎御石は、化粧井戸の辺りにいたとされる長者が子宝を授かるように弁天様に祈願した際に夢で授かった石で、このお告げで生まれたのが虎御前とも云われています。イラストでは無造作に石が置かれていますが、現在は延台寺の本堂にあり前述した曽我兄弟の命日にしかこの霊石を拝むことはできません。

延台寺

大磯の図書館にあった『郷土史 北下町』には「なにぶんにも宿場のど真ん中にあり、遊郭にも近かったことから、若い住職が誘惑に負け、住職不在の時代もあったようだ」とありました。当時のこの辺りの様相がひしひしと伝わってくる逸話ですね。その他境内には大磯宿遊女の供養碑や虎御前の墓などの石造物が置かれています。虎御前の墓といっても鎌倉寺社にもあるように適当な石塔をみつくろって組み立てたものです。

延台寺曽我堂

国道1号と並行するように海側に生活道路があります。この辺りにある延台寺・浅間神社・熊野神社・東光院などは国道とその生活道路に挟まれた場所にあります。それら寺社は旧東海道となる国道ではなくこの生活道路のような狭い道に門を向けていましたがどういうことなのでしょうか。

浅間神社鳥居と国道と並行する生活道路

延台寺から浅間神社・熊野神社と進むとあるのが東光院。山号を船附山と云うそうです。上の延台寺のイラストに海がすぐそこにあるように描かれていましたが、その当時の光景が浮かんでくるような山号です。

船附山東光院

そのまま進むと江戸時代に高札場があった辺りとなり、鴫立庵(しぎたつあん)が現れます。「なんて素敵な佇まい!」と思い立ち寄ってみると、西行に関する史跡だと聞いてさらにテンションが上がります。狭い境内ながらも大磯ではここだけ鎌倉寺社クオリティーでとても素敵でした。

鴨立庵

西行に関する史跡と言っても、西行がお寺を開いたとかそういう訳ではありません。西行がこの辺りで「こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」という歌を詠んだことから、それを記念して寛文四年(1664)頃に鴫立庵の原型が創立されたそうです。俳諧道場として江戸時代から続いています。

大磯のなにげない風景


鴫立庵から駅に戻る途中に井戸がありました。こちらは雁の井戸と呼ばれるもので古来より大磯地域にあったものだとありました。鎌倉では魅力的なものが多すぎて井戸までにはなかなか目も向きませんが、大磯だとこうして足を止めて観察する気にもなれます。

雁の井戸

街中には色々と花が咲いていましたがコスモスもありました。そういえば昨年に行った龍宝寺を思い出します。きっと今頃キレイなんでしょうね。




カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2015年10月11日

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