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山号寺号 坂中山観音寺
建立 貞享四年(1687)
開山 清蓮社布誉
開基 鎌倉屋市右衛門
浦郷(追浜)にある観音寺は、安政五年(1858)に、旭松閣吉隆という文人が、観音寺から眺めた景色で金沢八景ならぬ浦郷八景を撰して歌を詠んでいます。ということは、つまり観音寺から見える景色がとても素晴らしかったのでしょう。ということで、観音寺はある意味浦郷の能見堂とも云えるのかもしれません。
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Google map 浦郷 ①和田山 ②雷神社 ③法福寺 ④良心寺 ⑤正禅寺 ⑥観音寺 ⑦正観寺 |
観音寺縁起
本尊の十一面観世音菩薩は、九州日向の国に祀られていました。あるとき、ある人の夢枕に観世音が現れ「有縁の地に行って衆生の災難を除き、特に女人の難産を救い、子育ての観世音として衆生を見守りたい」と告げられたので、その人はお告げに従い、十一面観世音菩薩を船に乗せて東国に向かう途中、暴風雨により難破し、九死に一生を得て深浦に漂着しました。その人は、この地こそ有縁の地であろうと、岩窟を掘り、観世音を祀ったと云われています。その後、鎌倉屋市右衛門がこの観世音を信仰し、たびたび霊験をいただき、お礼を兼ねて堂宇を創建したと伝えられています。
観音寺近辺
観音寺は、京急追浜駅から榎戸湊方面に向かう途中にあります。追浜をめぐっていると、トンネルの多さにイヤでも気付きます。観音寺のある丘陵ふもとにあったトンネルは、これまた変わった形状をしていたため、思わず写真を撮ってしまいました。とてつもなく縦長に仕上がっています。横須賀市のHPによれば、追浜地域の成人男性の平均身長が確か5mぐらいだとあったので、そのような事情があるのでしょう。・・とかいう世界が広がっていたら面白いですね。
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観音寺の丘陵ふもとにあるトンネル |
観音寺は往時では山の上のお寺といった感じだったのでしょう。底面はコンクリート舗装され、周辺には住宅もありますが、旧道の雰囲気を残す勾配のある坂道が印象的でした。
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坂道途中からの景色 |
お寺のある頂部に到着すると直下の谷戸を見下ろせます。コンクリート化された丘陵壁面に何やら鳥らしきものが描かれています。この工事を指揮した人のセンスを疑わずにはいられません。
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丘陵壁面の造作・・ |
観音寺
妙にリアルな顔をしたお地蔵さまが迎えてくれます。思わず微笑むというより、こんな顔した人を見たことあるという感想の方が強いかもしれません。登り旗が並ぶ入口を進むと本堂が現れます。
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観音寺入口で迎えてくれるお地蔵さま |
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本堂 |
浦郷八景
お寺の裏側から深浦湾、つまり往時の榎戸湊を見渡すことができます。現在は埋め立てなどで昔とは随分景色が違うと思いますが、旭松閣吉隆という文人が浦郷八景と表した様子がいくぶん伝わってくる気がします。
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資料に「かつて見漁台と呼ばれた台地の南端に位置し~」とあったので、昔はここを「見漁台」と云ったようです。ここから見える景色からも、言葉の意味はそのままでしょうか。
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観音寺の創建は平安末期か?
観音寺の縁起では、貞享四年(1687)の創建となっていますが、実は『三浦半島の史跡みち』によれば、三浦郡地頭の相模介村岡良房が観音寺を創建したと『浦郷観音堂古記』に記されているとありました。村岡良房には子がなかったので、その後に三浦氏の祖となる甥の忠通が良房の養子になっています。そしてこの忠通の子の為通が衣笠城を築く訳ですが、為通が衣笠城より前にここ浦郷を本拠としていた可能性が考えられるようです。ですからこの説が正しければ、観音寺は平安末期からあるお寺となります。
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ちなみに「村岡良房」とネットで検索しても『三浦半島の史跡みち』のデジタル版しかヒットしないのが気になるところですが、まぁとにかく浦郷に三浦氏の祖がいたということで話をまとめましょう。
観音寺はまさかの浦郷城跡か?
三浦為通の築いた衣笠城より以前の拠点がここにあったとすれば、そう言われれば確かに、この高台の頂部に築かれた観音寺がどことなく衣笠城の大善寺のようにも思えてきます。
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頂部平場に通じる道が4方向もある |
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平場は元々あったものだろうか・・ |
頂部は見漁台と呼ばれるほどの見晴らしの良さ、そして頂部に通じるいくつもの道、頂部からひな段状に続く平場、どことなく城郭としての機能が備わっていたようにも思えます。三浦氏は観音寺に城郭を築いたのでしょうか、ロマンあふれる謎となりますが、頂部からは榎戸湊から房総半島まで見渡せるので、浦郷の支配者で後北条氏の家臣、朝倉能登守の時代であれば、城郭とまでいかなくとも、少なくとも物見としての機能ぐらいはここに置いたのかもしれません。
カテゴリー 探索記事(エリア別 浦郷(追浜))
記事作成 2015年12月22日