2016年6月10日金曜日

本門寺の紫陽花


日蓮さんの聖地の一つ、東京都大田区にある池上本門寺に行ってきました。といっても、実は本門寺は私の実家から比較的近いんです。よく京都に行きたいけど京都まで行く時間がないから鎌倉でせめて雰囲気だけでも味わおうという人がいますが、私はさらに鎌倉に行く時間もないからせめて本門寺に行ってきたというパターンです。でも本門寺には本門寺なりの魅力があるんですよ。

池上本門寺といえば国宝の五重塔

本門寺と池上氏


本門寺周辺は『吾妻鏡』にもその名がみえる池上氏の屋敷地でした。日蓮入滅の後、池上氏が周辺の土地を寺地として寄進したことから本門寺の礎となりました。山の麓に伽藍を形成する典型的な鎌倉寺社の様相とは異なり、本門寺は丘陵の頂部に本堂が建てられています。

Google map 池上
①池上氏邸跡 ②本堂 ③五重塔 ④妙見堂 ⑤呑川
本堂へは96段の階段を登って行く

妙見堂の紫陽花


本門寺境内及び周辺には23の塔頭支院が存在します。妙見堂もその一つです。妙見坂という本堂に至る坂道から境内いっぱいに紫陽花が敷き詰められています。

妙見堂
妙見坂

芳心院墓所


せっかくなので、もう少し本門寺にある史跡を紹介しましょう。紫陽花の咲く妙見堂近くに万両塚と呼ばれる芳心院の墓所があります。芳心院は徳川家康の側室お万の方の孫にあたり、徳川頼宜の娘で池田光仲の正室となった人物です。さらに水戸光圀がいとこで将軍吉宗の叔母にあたるというなんだかすごい血筋の女性なんです。まぁ徳川家の人なので当たり前でしょうか。

芳心院宝塔

一画の中心に芳心院の巨大な宝塔が建てられています。一基だけなので光明寺の内藤家墓所のようなボリューム感はありませんが、この宝塔を囲むように堀が作られていたりと、やはり徳川家の人物だったこともあってか、とても丁寧でゴージャスな造りになっています。何せなぜ万両塚と呼ばれているのかというと、建設に一万両かかったという逸話が伝えられているからなんだそうです。

古墳跡と弥生時代住居跡


そしてこの万両塚とほぼ重なる位置に1500年前の古墳と2000年前の住居跡が発見されています。万両塚付近には下画像のようにその出土跡が復元されています。六浦の浄源寺跡みたいです。鎌倉もそうですが、権力者のいる場所って昔から権力者がいたんですよね。

弥生時代の住居跡(復元)

本門寺からの見晴らし


本門寺本堂のある高台見晴台からの景色です。鎌倉と比べてしまうと海も山も見えないのでちょっと味気ないかもしれません。

見晴台からの景色



カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2016年6月10日

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