2016年6月23日木曜日

久里浜・浦賀史跡めぐり 東浦賀編


三浦一族の怒田城・浦賀城に訪れるため久里浜・浦賀へと史跡めぐりにやってきました。今回はその久里浜編西浦賀編に続いてラストとなる東浦賀編です。

Google map 久里浜・浦賀

浦賀


久里浜の久村・吉井に訪れ怒田城跡付近にある真福寺から続く御林から浦賀にやってきました。ちょうど下地図画像の④東福寺辺りに出ます。西叶神社や燈明堂など浦賀西側の史跡をめぐり東側に向かいます。入江を中央にして形成される浦賀市街地は、下画像をご覧のとおり、中央に海が入り込んでいるため、東西を行き来するには”ぐるっ”と回っていかなければなりません。

Google map 浦賀
①燈明堂 ②為朝神社 ③船番所跡 ④東福寺 ⑤西叶神社 ⑥浦賀駅 ⑦船守稲荷神社 
⑧八雲神社・津守神社 ⑨乗誓寺 ⑩東叶神社

東浦賀


西浦賀から浦賀駅を経て”ぐるっ”と東側に移動します。この辺りでお腹も空いたので地産の海産モノでもいただこうと思いましたが、そんな感じの店が一切見つかりません。後で詳しい人に聞いたところ、浦賀は漁港ではないので観光客向けの海鮮モノのお店がある訳ではないとのことです。海の近くまで来れば魚介類が食べられるのだろうと安易に考える浅はかさ・・。

東浦賀

どこからでも海が見えた浦賀ですが、こちら東側に来ると景色を遮る建物がしばらく建ち並んでいます。ドックに関連する建物でしょうか。それにしても駅前にドックって・・浦賀らしいですね。但し海軍屯営跡とあったので、厳密にはドック跡だと思われます。

浦賀の神社


このまま浦賀城跡へと直行したいところですが、せっかくなので導線上にある史跡に立ち寄ってみました。特に神社がたくさんあります。八雲神社・三浦稲荷神社・東耀稲荷神社、そして海守稲荷神社・津守神社などは浦賀だけあってその名からも海ならではの神社であることがわかります。

船守稲荷神社

修験の場だった八雲神社


小谷戸の最奥に位置する八雲神社は、以前は大谷山満宝院八雲堂と号し、修験の場として活用されていたそうです。修験の場といえば神武寺を思い出しますが、八雲神社は神武寺のように広大な敷地を持っているわけではありません。どんな風に修行していたのでしょう。

八雲神社

三浦稲荷社と江戸屋半五郎


もう少し南下するとあったのが三浦稲荷社。現地案内板によれば、三浦稲荷社は浦賀で遊郭を営んでいた江戸屋半五郎によって建立されました。半五郎はその後、財産を処分し遊女に分け与えて解放し、仏門に帰依したそうです。一体何が彼をそうさせたのでしょう。儲けすぎたので晩年は清い身となって死を迎えたかったのでしょうか。もしかしたら売春という商売にどこか後ろめたいという気持ちがあったのかもしれませんね。出家までするぐらいですから。

三浦稲荷神社

三浦安針屋敷跡


ちなみにこの三浦稲荷社がある辺りに三浦安針が屋敷を構えていたと『三浦半島の史跡みち』にありました。安針さんが一時的にもここに腰を据えるということからも、浦賀が当時どれだけ重要な港だったのかということが伝わってきますね。

徳田屋跡

上画像は安針屋敷跡の碑という訳ではなく、徳田屋という江戸時代から大正まで続いた旅館跡だということを示すものです。三浦稲荷からも比較的近い場所にあります。松平定信・吉田松陰・安藤広重・木戸孝允などそうそうたる歴史上の人物が泊まったそうです。

曾我兄弟の十郎祐成の子が開基 乗誓寺


観音崎に向かう街道沿いにあったのが乗誓寺。寺伝によれば、乗誓寺の開基了源は、曾我兄弟の十郎祐成の子で、伊東祐親の末孫、そして虎御前の子だとありました。もとは安貞元年(1227)に平塚の地に阿弥陀堂が建てられましたが、文明二年(1470)にこの地に移ってきました。『三浦半島の史跡みち』によれば、「浦賀に寺を移すこと自体は全くあり得ない話ではない」と、曾我兄弟の祖母が三浦大介義明の娘であることなどを理由に推測していました。但し、了源が虎御前の子だという部分は話を盛ったような気が・・

乗誓寺
乗誓寺の庭園

その他、顕正寺や専福寺などのお寺が近くにありました。専福寺は、小林一茶が以前に恋心を抱いた女性の菩提を弔うために訪れたことがあるそうです。

専福寺

東叶神社 浦賀城跡


さていよいよ待望の浦賀城跡へ向かいます。東叶神社のある丘陵がそれだと云われています。東叶神社は西叶神社から分社されたものです。

東叶神社

拝殿から恵仁志坂と呼ばれる階段を登って行きます。勝海舟も登ったそうです。これが想像を超えるほど上に続いています。ちょっと息きれちゃいました。

拝殿から少し登った辺り ここからが登坂の本番

延々と続く階段を登り切ったところにあったのが平場と社殿、東叶神社の本社・神明社・東照宮などがありました。そしてこれだけ階段を登ったからには余程の景色が望めるのだろうという期待とおりの景色が視界いっぱいに拡がっていました。

叶神社丘陵頂部
これが定置網漁?
燈明堂跡が見えた!
たぶん久里浜から出てるフェリーだと思う

景色を堪能したので帰ろうと思ったところ、浦賀城を見に来たことを忘れていました。というのもこちらも怒田城同様、あまり城郭を感じさせません。地形が失われたのか、もしくは伝承があやふやなのかもしれません。

※追記:『浦賀城跡』と『叶神社』の記事アップしました。

あとがき


怒田城・浦賀城は、想像していたことですが、やはり中世のものってあまり痕跡が残されていません。でも最近特に思いますが、自然ってイイですね。お目当ての史跡がちょっとぐらいガッカリなものであっても、海や山の近くで休日を過ごせただけで今日一日楽しかったと思うことができます。

帰り道 峠坂の途中のコンビニで一休み

今日の思い出


久里浜では慈眼院や真福寺で見た紫陽花がキレイでした。また久里浜と浦賀をつなぐ旧道”御林”。そして浦賀の東福寺で見えた海。さらに浦賀城跡・東叶神社からの景色はもちろん、燈明堂跡の砂浜がとても印象的でした。

真福寺の紫陽花
御林
東福寺からの景色
燈明堂跡



カテゴリー 鎌倉日記
記事作成  2016年6月21日

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