2016年7月5日火曜日

安房口神社


安房口神社は、霊石を霊代とした古来の磐座の形を止めた古式神社です。鎌倉遺構探索として主に神奈川県を中心に史跡めぐりをしてきましたが、このような神社にめぐりあったのは初めてです。古墳時代横穴墓と同等、もしくはそれ以上に古い史跡なのかもしれません。ロマンがありますね。

Google map 三浦半島
①安房口神社 ②馬堀 ③走水 ④観音崎 ⑤浦賀 ⑥吉井

馬堀、もしくは大津から明神山を登ったところに安房口神社は所在します。山といってもそれは昔の話で、現在は湘南山手住宅として宅地化されており、実際に現地に行ってみると、昔は山だったのだろうという地形の起伏が伝わる程度です。安房口神社周辺の古墳状をしたわずかながらの範囲にだけ旧態地形が残されています。

矢ノ津坂


安房口神社のある明神山麓に「矢ノ津(やんつ)坂」の案内板がありました。矢ノ津坂はこの辺りを通っていた浦賀道の坂道です。安藤広重が武相名所旅日記で描いた「浦賀近辺山中の月」がこの矢ノ津坂辺りと云われています。明治22年(1889)の新聞記事に「山間に挟まれ日中も陽が当たらず雨が降れば坂道は人馬の膝下まで埋まり、雨後、数日経っても車夫や馬子泣かせの悪路であった」と記されていたそうです。また安房口神社前に古東海道が通っていたとのことです。

安藤広重「浦賀近辺山中の月」

さて”その矢ノ津坂は何処へ?”と行きたいところですが、この辺りのあまりの宅地化っぷりに、その姿など見る影もないことなど、安房口神社へ向けて少し進んだだけでわかりました。整然とした住宅地と坂道が延々と続きます。寄り道せずに安房口神社を目指すことにしました。

延々と続く整備された住宅地と坂道

坂道の途中、住宅と住宅の隙間から景色を眺めることができました。近くにある小学校の名前が望洋小学校と云うそうです。納得の名前です。広重の描いた「浦賀近辺山中の月」のシチュエーションがわずかになんとなく伝わって・・くることはありません。金沢や追浜の探索で遠くからも目印となった住友重機の建物が見えます。懐かしい。

坂道途中からの景色

貞昌寺別院


さらに坂道を進むとあったのが貞昌寺別院なるお寺。その名が示すとおり、貞昌寺の別院です。貞昌寺の開山は、鎌倉遺構探索の『建長寺歴代住持』によれば、京都東福寺から鎌倉に招かれた南山士雲です。南山和尚は弁ヶ谷にあった崇寿寺(廃寺)や金沢の泥牛庵などの開山も務めました。ここは元々その本寺貞昌寺があった場所で、不便なため山を下りていったそうです。実際に来てみてその気持ちがよくわかりました。

貞昌寺別院

安房口神社


ようやく安房口神社に到着。鳥居をくぐると参道は何故か素敵な掘割状です。さらにまた鳥居があり、その向こうにまた鳥居が見えてきます。安房口神社は地図で確認する限り宅地化の波に呑み込まれた感もありますが、境内は結構しっかりした造りと構えです。

安房口神社
素敵な掘割状の参道

安房口神社にはマテバシイという常緑樹が多く植えられています。マテバシイはいわゆる堅果(ドングリ)が成る木で、余談として縄文時代の人たちの食糧にされていました。元々植えられていたのでしょうか、それとも演出でしょうか、どちらにしろ古代の神社といった雰囲気を醸し出しています。

安房口神社の狛犬


鎌倉遺構探索を通して色々な史跡を見てきましたが、これほどユニークで可愛い狛犬を初めて見ました。修善寺の八幡神社の狛犬もなかなかでしたが、それをわずかに上回る逸品です。この笑顔にここまで坂道を登ってきた疲れも吹っ飛びます。

安房口神社の狛犬

霊石


さて、肝心の霊石はというと、今度は一転してシリアス風な狛犬に守られた奥の柵の中にありました。ただの石と言えばそれまでです・・・。

霊石

現地案内板によれば、霊石は安房の大神天太玉命が東国鎮護のため御霊代として古くこの山頂に出現したとありました。一方で、『三浦半島の史跡みち』には、霊石は安房洲崎大明神から飛んできたという伝説を持つとあります。どちらにしろ安房の国に深く関連した縁起のようです。

横から見た霊石

霊石の凹みは安房に向けられています。上画像の下部分に凹みが確認できるのでそのことだと思われます。また、この石のどの辺りが古代の人たちにとって信仰の対象となったのでしょう。特別変わった石だとは思えません。それとも長い年月を経てその形は変形してしまったのでしょうか。

安房口神社からの景色


霊石を通り過ぎると反対側にも鳥居があります。明神山からの景色が望めます。横須賀の海岸線や市街地、それから猿島、あと住友重機の建物が見えるので金沢・追浜の方まで見渡せます。この日は快晴でしたがちょっと雲が多めだったからでしょうか、安房国までは見えませんでした。

安房口神社から見えた景色
猿島
金沢・追浜の辺り

古代の人たちの自然崇拝


以前に『鷹取山の秘密』という記事を作成した際、古代日本に関する著書をいくつか読みました。古代では社殿などを建てることはなく、巨石・巨木、そして山・海など、自然の姿そのものを神として崇めていたとありました。古代の人たちとはいえ、同じ日本人なのでそうした自然崇拝への気持ちも理解できる気がします。最近は三浦半島によくやってきます。三浦半島には鎌倉寺社のような素敵な禅寺はありませんが、雄大な海や山の景色があります。どちらかというとこうした自然の景色の方が神社などの人工建造物より神の存在を感じやすいように思えます。

山側の景色



カテゴリー 探索記事(エリア別 横須賀
記事作成  2016年7月5日

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