2016年7月25日月曜日

叶神社


浦賀と聞くと近世に賑わったイメージが先行すると思います。でも浦賀にある叶神社は、文覚が創建したと伝わる古社なんです。そして浦賀の西と東にその叶神社が存在します。いったいどういうことなんでしょう。そして縁起を調べていくと、鹿野山というとても興味深い存在に辿りつきました。

Google map
①燈明堂 ②為朝神社 ③船番所跡 ④東福寺 ⑤西叶神社 ⑥浦賀駅 ⑦船守稲荷神社 
⑧八雲神社・津守神社 ⑨乗誓寺 ⑩東叶神社

西叶神社と東叶神社


浦賀には西叶神東叶神社があります。元々あったのが西の叶神社で、後に東の叶神社ができました。横須賀市のHPによれば、東叶神社は明治の頃までは永神寺という古義真言宗醍醐寺派三宝院に属する修験道のお寺だとありました。

西浦賀から見た東叶神社

西叶神社のHPによれば、『三浦郡志』に「元禄五年、浦賀村分村して、東西に二ヵ村となりしより、東浦賀に叶明神を勧請したりと云ふ」とあるそうです。元禄五年(1692)に浦賀村が東浦賀村と西浦賀村に分かれます。ですから浦賀村が西と東に分かれたことが浦賀に叶神社が二社もある由縁となるようです。ちなみに”ミニストップ”も叶神社のごとく浦賀の東と西に一店舗ずつあったのに笑えました。

叶神社縁起の謎と鹿野山


文覚が治承年間に鹿野山(千葉県君津市)に参篭し、源氏再興の祈願を行いました。その後養和元年(1181)に鹿野山に相対する浦賀西岸の現在地に石清水八幡宮を勧請したと云われています。文治二年(1186)には、源氏再興の願いが叶ったことから叶神社と号するようにりました。

Google map
①鹿野山 ②叶神社

ということで、その”鹿野山とはどこぞや?”と調べたところ、なんと、上地図画像を見てのとおり、叶神社と緯度経度の経度が近いことがわかります。縁起にあった「鹿野山に相対する」というのはこのことなんでしょうか。ちなみに鹿野山と書いて「かのうざん」と読みます。叶(かのう)神社と同じ読みです。願が成就して”叶”と号したと縁起にありましたが、この鹿野山説が本当であれば、最初から叶(かのう)神社だったのではないかと思いたくもなります。

文覚と鹿野山


源頼朝に平家討伐の旗上げを促したと云われる文覚は、現地に碑があるように、鎌倉滞在中は、大御堂ヶ谷に居たと伝わっており、また、江ノ島で参篭した様子が『吾妻鏡』に記されています。その他、伊豆に配流されていた頃は、毘沙門堂に住していたと伝わっています。

文覚が住していた伊豆の毘沙門堂

それにしてもどうして文覚は鹿野山に行ったのでしょう。wikipediaにとても興味深い記述がありました。鹿野山は、日本武尊の東征の際、阿久留王(もしくは悪路王)と戦った伝説がある場所で、さらに、598年に聖徳太子により神野寺が開かれたとありました。なんだか凄い場所ですね、土地の由縁に大和武尊や聖徳太子が出てくるってある意味ファンタジーです。文覚もこの辺の事情を知って鹿野山に向かったのかもしれませんね。

西叶神社


西の叶神社は、浦賀湾に沿う県道208号線沿いに一の鳥居があります。鳥居の辺りに昔は叶神社の別当寺があったそうです。

西叶神社

いつもはそんなに建物の細かいところまで見ることはありませんが、西叶神社社殿の見事な装飾に惹かれました。調べてみると、こちらは後藤利兵衛という江戸時代に名を馳せた彫刻家の作品だとありました。ちなみに彼は朝比奈三郎義秀と同じく安房国朝夷郡の生まれなんだそうです。

西叶神社社殿の見事な彫刻

叶神社の裏山を嵐山と云い、文覚が庵を結んだ場所だと伝わっています。現在は現地でも地図上でもわかるように、所狭しと住宅が建てられています。西叶神社のお隣にある東福寺本堂位置がちょうど叶神社のある丘陵頂部になります。東福寺は浦賀港を見渡せる絶景スポットです。文覚も見ていたのかもしれない景色です。

文覚も見たかもしれない東福寺からの景色

ここからは房総半島まで視界を遮るものがないので、もしかしたら、アフリカ原住民並みの視力があれば、鹿野山が見えるのかもしれませんね。

西叶神社社殿位置からの眺め


東叶神社


それでは東側に移ります。東の叶神社は浦賀城のあった丘陵に所在しています。宅地化を免れた丘陵を背負っているので西より幾分威厳があるように思えます。上記したように、明治までは永神寺というお寺だったこと、そして中世には浦賀城として活用されていた場所だけあって地形にその名残りが随所でみられます。

東叶神社
東叶神社社殿位置からの眺め

嬉しいことに裏山を登っていくことができます。現代で造られたと思われる味気ない直線的な階段を登っていくと、頂部には平場があり、叶神社本社・神明社・東照宮が祀られています。

その味気ない階段
叶神社本社
神明社

そしてなんといっても、ここ丘陵頂部からは、浦賀港から房総半島までを一望することができます。素晴らしい。

丘陵頂部からの景色
丘陵頂部から見える燈明堂跡



カテゴリー 探索記事(エリア別 横須賀
記事作成  2016年7月25日

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