2016年9月1日木曜日

海蝕洞穴まとめ


今回はこれまで訪れた海蝕洞穴の集大成として、海蝕洞穴における基礎的なことをまとめてみました。

海蝕崖


波の浸食作用によって形成された地形を海蝕崖と云います。その切り立った崖の迫力ある様相に、各地で景勝地となる事例が多くみられます。神奈川県では城ヶ島がその最たる例となるでしょうか。

城ヶ島の海蝕崖

海蝕洞穴


波の浸食作用によって海蝕崖が”えぐられ”形成された洞窟を海蝕洞穴と云います。

毘沙門海蝕洞穴

海蝕洞穴の形成時期


三浦市に分布する海蝕洞穴に放射性炭素年代を測定した結果、標高8m以上のものが約6000~5000年前、標高6m前後のものが約5000~4000年前、標高4m以下のものが4000年前~2000年前に形成されたことがわかりました。地震などによる突発的な隆起が海底面を押し上げることにより、海面に面していた洞穴が干上がり、人類に生活空間や墓地として利用されるようになりました。

完全に干上がった大浦山海蝕洞穴

海蝕洞穴の活用


三浦市の海蝕洞穴は、縄文時代後期の痕跡をはじめ、特に弥生時代から古墳時代にかけて住居や墓地として海蝕洞穴が利用されてきました。

弥生時代から住居や墓地として利用されてきた洞穴内空間 雨崎海蝕洞穴

洞穴から出土した遺物


海蝕洞穴からは多様な遺物が出土しています。須和田式・久ヶ原式などの土器、貝包丁・貝輪・貝刃・回転銛頭・釣針・ヤス・弓筈状有栓角器・アワビオコシ・骨製笄・磨製片刃石斧・石包丁・鉄鏃・刀子・青銅製品などが見つかっています。また、大抵の遺物は洞穴の奥から出土しています。我々現代人も貴重品などを玄関に置くことはありませんよね、それと同じことだと思います。

海蝕洞穴底部 雨崎海蝕洞穴

ト骨は海洋民族の証?


ト骨(ぼっこつ)とは、動物の骨を焼いて棒などで穴を空け、そのひび割れ方で占いをするものです。三浦市にある海蝕洞穴からはだいたいこのト骨遺跡が出土しています。『古代史の謎は「鉄」で解ける』によれば、「倭人が出航するとき、航海安全を祈願するために、ほとんどの港で必ずその儀式が行われたと考える。平安時代に陰陽師の祈祷に代わるまで、ト骨はもっとも重要な祭祀であった。」と記されています。つまりト骨とは海に関わる祭祀である可能性が高いようです。当時の人たちは洞穴内でこのト骨儀式を行い、目の前に広がる大海原に出かけていたのかもしれませんね。

間口海蝕洞穴

墓地としての海蝕洞穴


三浦市にある海蝕洞穴では、生活空間の他にも主に古墳時代において墓地としても利用されてきました。葬送の手段は様々で、火葬された人骨が広範囲にまき散らかしたかのように散らばされたもの、木棺に納められたもの、岩塊を舟形に囲いその中に積み込まれた状態のものなどが確認されています。

間口海蝕洞穴 奥の窪みが怪しい

参拝の対象となった洞穴


海蝕洞穴の中には権現さまを祀った観音崎の鵜羽山権現洞穴(『観音寺と権現洞穴』)と呼ばれるものや、剱崎神社(『剱崎海蝕洞穴』)が祀られた洞穴があります。剱崎は撤廃されてしまいましたが、観音崎にある洞穴では、確かに崇拝の対象であったのだろう痕跡が確認できます。

観音崎の鵜羽山権現洞穴
剱崎海蝕洞穴

”使用された”海蝕洞穴の見分け方


その海蝕洞穴が弥生時代や古墳時代に住居や墓地として”使用された”ものなのかどうかを見極める点を検証してみたいと思います。まず、弥生時代には現在より海水面が数メートルから10mほど高かったと云われています。ですから現在海水面に浸っているものはもちろん、満潮時などに海水が入ってきてしまう洞穴は、当時では絶えず海水が入り込む洞穴だったものと思われます。もちろん生活空間や墓地としては適しません。この辺りはまず除外です。

底部にゴミが溜まっている洞穴 満潮時などに海水が入り込むのだろう

確実に”使用された”洞穴として案内板が出ている毘沙門海蝕洞穴や大浦山海蝕洞穴(『松輪・間口海蝕洞穴』)を見学するとわかりますが、海水面より随分と高い位置にあり、ほぼ干上がっている状態となっています。下画像のように海水面や地表より数メートル以上高い位置にあれば”使用された”洞穴だと考えてまず間違いないでしょう。

剱崎海蝕洞穴

馬の背洞門も海蝕洞穴


三浦市の観光PR用パンフレットなどに載っている有名な城ヶ島の馬の背洞門、これも海蝕洞穴です。ご存知でしたか。人工的に掘削したとは現地案内板になかったので、両側を波風に浸食された結果、このような状態になったものと思われます。そういえば、長井の荒崎公園でも貫通した横穴を見かけました。そのときは人の手によって掘削されたのだろうと考えましたが、今思えばもしかしたらアレも自然にできた形状だったのかもしれません。

馬の背洞門

海蝕洞穴を見に行くなら!


神奈川県で海蝕洞穴を見学できるメジャーな場所といえばやはり江ノ島でしょうか。交通機関が便利でなおかつ安全に見学できます。また周辺施設が充実していることも嬉しい限りです。但し、逆に、観光地としてしっかり整備されすぎているので、あまり自由は効きません。

江ノ島 岩屋

”他の史跡と一緒に見れたら一石二鳥なのに・・”と考える欲張りなあなたにお勧めなのが横須賀市にある長井城跡(荒崎公園)。三浦一族の城館跡である長井城跡と海岸に開口する海蝕洞穴をまとめて見学できます。さらにシーサイドハイキングコースが設定されているので、海蝕洞穴を横目に海岸線を歩くこともできます。こちらも比較的安全なのでお勧めです。

荒崎公園のシーサイドハイキングコース

横須賀市にある猿島でも海蝕洞穴を見ることができます。友人らとバーベキューにでも訪れたついでにいかがでしょう。またご存じの方も多いと思いますが、猿島には戦時中に構築された陣地跡が残されていたりと、意外に見どころがあります。目玉となる海蝕洞穴は日蓮洞穴と呼ばれるもので、古墳時代の貝塚などが確認されています。立入禁止のため人の出入りがなく底部にゴミが落ちていません。ストレスなく見学できます。柵を飛び越える勇気があればぜひ!

猿島の日蓮洞穴

岩礁のみち


三浦市では関東ふれあいの道”三浦・岩礁のみち”というシーサイド・ハイキングコースが設定されています。松輪から宮川まで大よそ10kmの道のりです。但しこのコース、完歩するには大きな困難がいくつも待ち受けています。道は所々途切れており、足元が濡れることぐらいの覚悟はもちろん、水着持参で時には泳ぐことも想定内としておかなければ完歩はできません。また、”使用された”洞穴に対して観光客に見学させるつもりがないのか、一切整備もされていないひどい状態です。お勧めはしません。色んな意味で色んな危険があるので少なくとも彼女や子供同伴で行くところではありません。

岩礁のみち

※参考資料
『三浦こども風土記』『たてやまフィールドミュージアム

カテゴリー 鎌倉事典
記事作成  2016年9月1日

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