2014年11月18日火曜日

巨福呂坂


巨福呂坂は、鎌倉の北にある山ノ内と旧市街地内を往来する坂道です。和田合戦以降に北条義時が山ノ内を所領して以来、巨福呂坂沿い(山内道)には建長寺・円覚寺・浄智寺などの北条氏に関する寺院が建てられたことからも、鎌倉時代では最も重要な鎌倉の幹線道路だったと考えられます。『吾妻鏡』には仁治元年(1240)10月10日・10月19日条に「山内に道路を造らる」などとあります。


旧巨福呂坂


『鎌倉市史 考古編』より 「現在のものは明治以後のもので、古くはその上方が切通されていたし、更に古くはその西の谷を通っていたものと考えられている。八幡宮裏石段を下って聖天坂に行く路があるがこれが旧道であり、聖天坂まっすぐにのぼって尾根を切通し、建長寺前に下っていたものと考えてよい。」

google map 巨福呂坂
①鶴岡八幡宮 ②旧巨福呂坂 ③新巨福呂坂 ④平場 ⑤青梅聖天 ⑥平場 ⑦二十五坊 ⑧建長寺 ⑨禅居院 ⑩長寿寺

巨福呂坂トンネルの造成によって、市史にあるその切通されていたという上方部分はすっかり失くなってしまいました。また、市史にあった「更に古くはその西の谷を通っていた」とあるように、青梅聖天社のある前面通りが往時の巨福呂坂ルートとなるようです。

山内道馬場小路

八幡宮の側面となる山内道部分を馬場小路と云います。うどん屋さんを曲がると旧巨福呂坂ルートとなり、青梅聖天が見えてくるとグっと坂道の傾斜が感じられます。聖天社前には庚申塔などの石塔が置かれていて、なるほど旧道だったことがうかがえます。それ以降は進めないようなので、聖天社奥から丘陵に登り、往時の巨福呂坂の雰囲気をたしなんでみることにしましょう。

旧巨福呂坂ルート
青梅聖天

市史にある「西の谷」


聖天社から丘陵を奥に進むとまず目に付く造作が切岸です。近世辺りで石切りでもしたのかと思われますが、もしこれが鎌倉寺社境内にあったのであれば、石塔類を置くのにちょうど良いサイズの壁面です。

切岸

進行方向となる建長寺方面とは別に反対の南側にも尾根が続いているので進んでみることに。葛原岡付近の尾根道にもこんな下画像のような造作ありませんしたっけ。やはり石切りの影響でしょうか。そのまま進むと何やら石が積まれたような地形と平場がありました。色々な造作が確認できて素晴らしい雰囲気なんですが、何せこれらがどのようなものなのかがわかりません。

尾根道上の削り跡
石が積まれたような地形と平場

それでは建長寺方面に向かってみます。尾根道は意外に幅がありますが、鎌倉市教育委員会の調査報告書によれば、両端が切り落とされているとありました。道筋はちょうど旧巨福呂坂に沿うように尾根道が続いているようです。吾妻鏡にあった北条泰時が改修を命じたときにはこの辺りも尾根の一部だったのかもしれません。というかそう考えて歩くとテンション上がります。鎌倉は自分の妄想次第で他人の何倍も楽しめます。

尾根道

谷戸造成にともなう工事のためか、石切りの影響か、崖面が急峻です。崖側に手すりが付けられていました。いつの頃の造作なんでしょう。昔はハイキングコースとして歩いてよかったとか?・・。


そして尾根道から新道を見下ろせます。画像は少しズームしていますが何となくこの尾根の高さが伝わるかと思います。というか、この尾根道にいると、鎌倉のこんな中心部にいるのに誰とも会うことがないという「鎌倉を独占している感」がたまりません。


遠目ながらも巨福呂坂のトンネルが下方に見えます。この辺りで堀切が確認できました。何かの境界線でしょうか。

堀切

尾根を進むと平場が現れます。『建長寺伝延宝図』によれば、建長寺の塔頭で金龍庵跡と記されていました。素敵ですね寺院跡ですよこの平場。ちなみにその建長寺境内を描いた古絵図の東側がこの平場から描かれているので、ここから往時の建長寺領域となります。鎌倉から山ノ内方面に進んでちょうど巨福呂坂トンネルを抜けた辺りになります。

尾根から見た平場 金龍庵跡

巨福呂坂トンネルが坂道のピークとなりますが、道の傾斜具合はこのままずっと続きます。以前に自転車で通行したとき、信号につかまることもなかったので、坂道の惰力だけで横須賀線線路までかなりのスピードで行けました。近現代でトンネルが造られようと底面が舗装されようとも、七口と云われる鎌倉の出入口の険しさをちょっとだけ感じることができました。

建長寺と長寿寺の間ぐらい


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探索期間 2012年 4月 7月 10月
記事作成 2014年11月18日


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