2018年11月7日水曜日

石堂寺(体感型城郭寺院)

石堂寺

今回訪れた石堂寺にサブタイトルを付けるとすれば「体感型城郭寺院」といったところでしょうか。安房地方にはそれらしき寺院がいくつかありましたが、ここまで城郭の名残りがあるお寺も珍しいでしょう。


石堂寺周辺


石堂寺は南房総市(旧丸山町)の石堂に所在しています。周辺は平安末期からの在地勢力である丸氏の領内です。③の安楽寺はその丸氏の菩提寺、そして石堂寺の比較的近くには延喜式の②宮下莫越山神社があります。莫越山神社は忌部氏に関連する神社なのでその歴史はかなり古いものと思われます。

Google map 旧丸山町
①石堂寺 ②宮下莫越山神社 ③安楽寺 ④善性寺 ⑤正文寺
宮下莫越山神社


石堂寺縁起


石堂寺(いしどうじ)は社伝によれば、和銅元年(708)に僧の恵命と東照が秘宝アショカの王塔を護持してこの地を訪れ、草庵を結んでこれを祀ったのが始まりだと云われています。当初は石塔寺と号していましたが、中世末期に足利頼氏の幼名(石堂丸)に因み石堂寺となりました。一方で「たてやまフィールドミュージアム」によれば、神亀三年(726)に行基が、仁寿元年(851)には慈覚大師などが縁起に関わっているとも記されています。文明十九年(1487)に焼失し、丸氏や里見氏によって永正十年(1513)に再興されました。

石堂寺境内
石堂寺境内

石堂寺は足利氏所縁の寺院でもあり、小弓公方・足利義明の子孫で頼淳や頼氏(喜連川系)らがここで養育されていました。足利地蔵と呼ばれる地蔵のある横穴には中世のものらしき五輪塔・宝篋印塔などの石塔残欠が残されています。


石堂寺の地形


石堂寺の地形にははっきりと城郭の名残りがみられます。丘陵の周辺には切岸が施され、伽藍のある境内には段差のある平場、そして堀切・切通し・土塁状の地形までみられます。土地柄的にも丸氏の城だったと思われますが、上記した縁起にあるように、足利氏の御曹司を迎え入れるために強化されたのかもしれません。

Google map 石堂寺
①駐車場 ②庫裏 ③本堂平場 ④薬師堂平場 ⑤堀切・水堀 ⑥旧尾形家住宅


石堂寺境内


仁王門からぐるっと虎口状に丘陵を登って行きます。丘陵壁面が垂直状に削られており、やがて本堂などの伽藍がある平場に辿り着きます。

仁王門
参道階段
本堂

伽藍が建ち並ぶ平場には本堂・多宝塔・鐘楼堂・山王堂などがあります。本堂は永正十年(1513)、多宝塔は天文十四年(1545)の建立とのこと。多宝塔のある寺院はほぼ近世のものであることが多いようですが、ここ石堂寺のものは16世紀の建物です。確かに、塔身が他で見たものより細身のような気もします。「たてやまフィールドミュージアム」によれば、多宝塔は里見義堯が内紛で滅ぼした義豊らの供養のために建立されたという説が紹介されていました。

多宝塔
多宝塔

本堂のある平場から一段高い場所に平場が設けられ薬師堂が配置されています。薬師堂は昭和に境外から移築されたものなので、この平場は薬師堂のために造成された訳ではないという点が興味深いところです。また薬師堂は安土桃山様式であることからその時代の建物でしょうか。

薬師堂
薬師堂平場から見た一段低い平場にある庫裏
薬師堂平場から見た石堂寺裏側斜面

薬師堂の奥から見下ろしたところになぜか水溜まりがあります。何の造作なのかよくわかりませんでしたが、下りてみると、この辺りに堀切のような造作に加え切通しまであるので、もしかしたら、水堀の跡なのかもしれません。

水堀
堀切と切通し

切通しを抜け裏側に行くと丘陵壁面の造作がよくわかります。この傾斜が画像で伝わるでしょうか。また横穴がありましたが、穴の塞ぎ方からしてやぐらの類ではないようです。防空壕ですかね、もしくは住吉城のような抜け穴だったら面白いんですけど。

丘陵斜面
横穴

丘陵を登っていくと頂部に出たところで祠がありました。何かここにもあったのかもしれません。また城郭の観点からは、この辺りは平場としての削り方が甘いので特に何かがあったという訳ではなさそうです。木々を伐採していれば物見として使えた程度でしょう。

丘陵頂部にあった祠

境内を奥に行くとあるのが旧尾形家住宅です。18世紀の建築で珠師ヶ谷村から移築されたものです。珠師ヶ谷村は上地図画像④善性寺の辺りだと思われます。三浦半島では中世からの有力者が近世で名主となっていることが多かったので、この尾形家とはもしかしたら丸氏の流れを汲む血筋なのかもしれません。

旧尾形家住宅

旧尾形家住宅を囲む丘陵がちょっとした土塁状となっています。ただの削り跡がそうなったのかもしれませんが、薬師堂からこの土塁状の地形が連なっているようなので、中世からの造作である可能性が高いと思われます。

土塁状尾根

旧尾形家住宅を西に移動すると景色が望めます。石堂寺のある丘陵はそんなに高い標高でもないのに、安房地方には高い建物がないのでどこまでも見渡せます。

旧尾形家住宅平場からの景色

ということで、まるで城跡でも探検しているかのような石堂寺でしたが、こちらでは季節の草花も楽しめるようです。このときは緑もみじと紫陽花がとてもきれいでした。また上記したように16世紀の建築物があることも魅力です。城郭という観点を抜きにしても楽しめる史跡だと思います。

薬師堂の緑もみじ
旧尾形家住宅の紫陽花ロード

ここ石堂寺にもやぐらがあると聞いていたのですが、見つけることができませんでした。ガセネタ、もしくは境外にあったのかもしれません。近くにある安楽寺のやぐらが立派だっただけに、石堂寺のやぐらも見れたらよかったのに残念でした。




史跡住所  〒299-2503 千葉県南房総市石堂302
カテゴリー 探索記事(房総・安房で鎌倉遺構探索)
記事作成  2018年11月7日

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