2018年5月2日水曜日

那古寺・那古山

那古寺

山号寺号 補陀洛山千手院那古寺
建立   養老元年(717)
開山   行基


那古観音の名で親しまれている那古寺は、現地案内板によれば、養老元年(717)に行基が海中より得た香木で千手観音を刻み堂を建て祀ったのが始まりと伝えられています。観音堂内には千葉胤時が願主とされる銅造千手観音立像が伝えられています。その他にも岩屋あり、裏山に展望台ありと、見どころがあります。そして『義経記』によれば、頼朝がここ那古観音に来たと記されているそうです。


周辺の地理


鏡ヶ浦(館山湾)を望む絶好の位置に所在する那古寺(下地図画像②)は、近接する大福寺(崖観音)①と同じく、行基・慈覚大師によって開かれたと縁起にあり、また観音を祀っている点も同じです。鎌倉時代前期では安西氏が現在の館山市中心部周辺や鏡ヶ浦を押さえ、その後、中世末期では里見氏が館山城に拠点を置いていました。那古寺はこの里見氏から帰依を受けていたと寺伝にあります。

Google map 館山
①崖観音 ②那古寺 ③鶴谷八幡宮 ④館山駅 ⑤館山城 ⑥鉈切洞穴 ⑦光明院 ⑧洲崎神社


那古寺境内図


入口駐車場前に本坊、そこから少し進んで観音堂などが建ち並ぶエリア、そして裏山にちょっとしたハイキングコースが設けられていて展望台(潮音台)まであります。意外にボリュームがあります。

那古寺現地案内板


観音堂


駐車場から少しだけ傾斜のある道を進み観音堂のあるエリアに向かいます。立派な仁王門の向こうに何やら色々と建物が見えてきます。観音堂・多宝塔・鐘楼・阿弥陀堂などがあります。

仁王門
仁王像 

観音堂


銅造千手観音立像


観音堂にある銅造千手観音立像です。千手千眼観自在菩薩は11面の顔と千の手を持ち、またそれぞれの手に眼があります。像には40本の手があって1本の手で25の世界を救えると云われています。つまり40×25=1000ということなんだそうです。

銅造千手観音立像

銅造千手観音立像には願主と思われる「平胤時」の名が刻まれています。平胤時とは『吾妻鏡』の嘉禎三年(1237)4月19日条・宝治元年(1247)5月14日条などでその名がみられる千葉八郎胤時と比定されています。実際にも観音像は鎌倉時代中頃とされる像容で、また慶派に学んだ鎌倉中期の仏師によって作られたと云われているので条件が合致するそうです。

銅造千手観音立像 現地案内板より


地蔵堂・龍王堂


観音堂の奥には素敵なことに丘陵の横穴に社殿を設けた岩屋があります。漁業の安全祈願のために奉納された岩船地蔵だとありました。もう一つは龍王堂でこちらもちゃんと奥壁に造作があります。岩屋内部にある奥壁の造作は見てのとおり、このように石像仏を祀るために施したのでしょうか、興味深いですね。

那古寺の岩屋
岩船地蔵
龍王堂


観音堂からの眺めと昔の地形


観音堂付近から周囲を見渡せます。突然ですがここでワンポイント豆知識をお伝えします。なんと、元禄の大地震(1703年)までは那古寺のある丘陵のすぐそこまで海が迫っていたそうです。この景色からは想像もつきませんね。

観音堂から見た景色

ということで、迅速測図(明治初期の地図)で確かめてみました。確かに、那古寺から海岸までの範囲がスカスカです。なんの歴史も生活感もない様相だし、誰も住んでなさそうな雰囲気です。

迅速測図 館山
①那古寺 ②崖観音(大福寺)

ということで那古寺の前面通り県道302号線は元禄の大地震まではなかったということになります。ということはつまり中世にも古代にも存在しない道となります。旧道ではあるものの古道ではありません。趣きのある形状をしていたので騙されるところでした。

那古寺前を通る県道
元禄の大地震まではすぐそこまで海だったと想像するアングル


那古山


裏山がハイキングコースとして整備されていて、さらに展望台まであるということなので登ってみます。

那古山展望台へ!

しばらくすると、明らかにそこには何かがあったのではないかという平場が現れました。どんな歴史があったのでしょう。

平場

展望台(潮音台)に到着!鏡ヶ浦(館山湾)が一望できます。素晴らしい!

潮音台
那古山潮音台からの景色
那古山潮音台からの景色

展望台から何やら何処かへ行く道が続いています。「金刀比羅神社コース」とあるので近くにある金刀比羅神社と尾根道で繋がっているようです。行ってみたい気持ちはやまやまですがこの日のタイトなスケジュールを考えると気が気でならないので諦めることに。いつかまた訪れてみたいと思います。

名残り惜しい展望台からのハイキングコース



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記事作成  2018年5月2日

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