2018年5月8日火曜日

小網寺・法華谷やぐら

小網寺・法華谷やぐら

山号寺号 金剛山小網寺
建立   和銅三年(710)
中興   宗秀上人


館山市街地の南側に位置する小網寺には、なぜか金沢称名寺の開山で知られる審海ゆかりの密教法具が伝えられており、また、鎌倉期の有名な鋳物師・物部国光の制作した梵鐘があります。さらに近くの法華谷には”やぐら”が施されていました。ということで、こんな田舎に何故、と言ったら失礼ですが、今回は、「こんな田舎になぜか歴史的ブランド文化財が伝えられている謎の寺院」に行ってきました。


周辺の地理


館山市出野尾字小網坂に位置する小網寺の周辺は、地図でも確認できるように、市街地より山側に入った丘陵の谷間となっています。鎌倉でいうところのちょっとした谷戸です。観光客が入り込むには少し憚れる雰囲気かもしれません。

Google map 館山
①崖観音 ②那古寺 ③鶴谷八幡宮 ④館山駅 ⑤館山城 ⑥鉈切洞穴 ⑦光明院 ⑧洲崎神社 ⑨小網寺 ⑩南条八幡神社 ⑪稲村城

小網寺からも近い長田は円覚寺仏日庵領でした。安房国に何故これだけの数の”やぐら”が展開しているのかというと、鎌倉寺社の所領が安房国周辺に集中していたため、特に寺院関係者らの交流があったことに起因すると云われています。上記した審海の法具もそうした事情によるものなのかもしれません。鎌倉と安房の関係を探る意味でも小網寺は貴重な存在と云えるのでしょう。

Google map 館山
①小網寺 ②長田


小網寺縁起


不動明王を本尊とする小網寺は、現地案内板によれば、和銅三年(710)に開創し、密教道場として隆盛しましたが、その後衰退し、文明五年(1477)に宗秀上人が再興したと云われています。小網寺にある梵鐘の銘から、もとは金剛山大荘厳寺と号していたことがわかっています。衰退している間に失われた伝承が色々とあるようで、寺前にある無用に広大な緑地が何かを知っていそうな雰囲気です。

小網寺


小網寺


仁王門をくぐると観音堂へ行く登り道、そして本堂に向かう道があります。杉の木に蘇鉄という組み合わせは武蔵国・相模国ではなかなか見れない光景でしょう。三浦半島でよく蘇鉄を見かけましたが特別見た目がイイとは思いませんでした。でも見慣れると雰囲気があってイイですね。

小網寺参道
仁王門
小網寺本堂
観音堂


観音堂


仁王門をくぐり階段を登ると平安期の聖観音菩薩が納められている観音堂があります。観音堂の背後には一段高い平場が設けられ、石塔の墓場となっています。周辺にいくらでも広大な土地があるのに、何故わざわざこの狭い場所でこのような”せせこましい”造作をするのでしょう。鎌倉との交流の証が色濃く残されている小網寺だけに、鎌倉のひな壇状地形を真似ているのではないかと勘ぐってしまいます。

観音堂
観音堂より一段高い平場


小網寺本堂


本堂向拝にある装飾は、安房の巨匠・後藤利兵衛橘義光の作品です。松の木を刻んだ虹梁に、龍・亀・鯉・獅子・獏などが、そして側面には鳳凰・麒麟などが彫られています。1892年、義光78歳のときの渾身の逸品です。

本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾


小網寺の梵鐘と密教法具


上記したように、境内にある梵鐘は鎌倉期の有名な鋳物師・物部国光が制作したもので、鐘に「弘安九年(1286)」「金剛山大荘厳寺」の銘の他、大願主・大旦那の名が刻まれています。下部にある金剛杵(三鈷杵)の模様がオシャレです。ちなみに鎌倉だと円覚寺の梵鐘が彼の作品です。

小網寺梵鐘

金剛杵(こんごうしょ)がわからないという方のために、鎌倉のとある施設で撮っておいたものをお見せします。梵鐘にある文様は金剛杵と云い、密教の法具の一つで、両端が3つに分かれているものを三鈷杵、5つに分かれているものを五鈷杵と云います。これを振りかざすと魔法が使えるんです・・と言いたくなる雰囲気ですよね、実際にもヴァジュラと云ってインド神話上の武器なんだそうです。

金剛杵(五鈷杵)

金沢称名寺の審海ゆかりの法具をはじめ鎌倉期の密教法具21点が小網寺に伝えられています。この金剛杵もきっとその中に含まれているものと思われます。それにしても、円覚寺仏日庵領が近いので、円覚寺かと思いきや、審海ということは極楽寺と交流があったようです。旧称の大荘厳寺だった頃のことでしょうか。


法華谷やぐら


それでは、鎌倉遺構探索的にはメイン・イベントとなる”やぐら”探しに出かけます。小網寺の近くにあるそうで、そこを法華谷と云うそうです。法華堂でもあったのでしょうか。わかりやすいことに、近くに墓地があります。そこにさらにわかりやすいことに「弘法大師入口」というよくわからない案内板があります。

弘法大師入口・・

法華谷は弘法谷とも呼ばれ、弘法大師の修行の場と伝えられているそうです。だから「弘法大師入口」なんだそうです。それにしても”やぐら”って高い所にありますよね、こちらは下がって行きます。途中に掘割状地形がみられました。道跡、もしくは水路だったのでしょうか。

法華谷の掘割状地形

ありました!”やぐら”です。鎌倉のセオリー的には羨道のない室町期タイプで、一方には本物の石塔が、一方には五輪塔の浮彫りがみられます。

法華谷やぐら
法華谷やぐら

それにても、浮彫りの二基って鎌倉であまり見かけない気がします。こちら安房ではここの他、鉈切神社や延命院などでも二対のものを見かけました。二対というと夫婦を思い浮かべますが、どうなんでしょうね。

法華谷(弘法谷)

ちなみに小網寺の裏山では古墳時代の祭祀用土器が出土しています。この何の変哲もない谷間の集落に色んな歴史があったようです。一時的にも伝承が失われてしまったことが惜しまれます。




カテゴリー 探索記事(房総・安房で鎌倉遺構探索)
記事作成  2018年5月8日

房総・安房で鎌倉遺構探索関連記事


房総・安房で鎌倉遺構探索【概要編】

房総・安房国での旅のダイジェスト編

崖観音・大福寺

崖観音の名で親しまれる魅惑の岩屋寺院

那古寺・那古山

鎌倉期の仏像あり、岩屋あり、展望台あり、那古観音こと那古寺

館山城

南総里見八犬伝でお馴染みの里見氏の館山城

おくまんさま

館山城外堀地区にある横穴に祀られたおくまんさま

鉈切洞穴

海蝕洞穴に祀られた色んな意味で真っ二つな神社

光明院・地蔵堂跡

後藤義光の彫刻・岩屋形式のお堂跡・やぐら

洲崎神社・養老寺

鏡ヶ浦の突端に位置する漁業神・航海神の神社

安房神社・忌部塚

忌部氏の祖先を祀る安房国一宮神社

南条八幡神社

背後に城と横穴(やぐら)群を背負う八幡神社

稲村城やぐら

安房地方ならではの遺構残存度の高さが魅力の城跡

ヒカリモ黄金井戸

ヒカリモで満たされた幻想的な横井戸

岩屋観音堂

横穴墓を限りなく改変・転用した珍しい史跡

正木氏菩提寺・正文寺

前身は真田(佐奈田)氏の菩提寺だった正文寺

丸氏菩提寺・安楽寺

背後に城とやぐら群を背負う丸氏の菩提寺

真野大黒天・真野寺

覆面観音と大黒天に代表される文化財の宝庫

小網寺・法華谷やぐら関連記事


円覚寺遺構探索

往時の痕跡、旧跡、遺構などを中心に円覚寺境内を解説

円覚寺塔頭まとめ

円覚寺塔頭をまとめました

称名寺

金沢を代表する寺社で金沢流北条氏の菩提寺