2018年5月6日日曜日

光明院・地蔵堂跡

光明院・地蔵堂跡

今回の訪れた先は、光明院と云い、不動明王を本尊とする真言宗知山派の寺院です。ここ光明院本堂の向拝に施された装飾は、安房の巨匠・後藤利兵衛橘義光の作品です。浦賀の叶神社拝殿向拝の格天井にある「百態の龍」の作者でもあると言えばわかる方もいらっしゃるでしょうか。

鶴谷八幡宮の百態の龍

そんな彼の作品が集中する房総半島で機会があれば見てまわりたいと以前から思っていました。そんなことから立ち寄った光明院でしたが、なんと、こちらには”やぐら”らしき横穴がいくつも存在していました。事前のリサーチから漏れた場所に”やぐら”があったことへの驚きと同時に、安房国の葬送文化にこれほど”やぐら”が浸透しているのかと気づかされた瞬間でもありました。


周辺の地理


光明院は館山の波左間地区に所在しています。房総半島の西側の突端、洲崎がすぐそこです。戦時中は東京湾防衛の要衝の地として多くの軍事施設が周辺にあったようです。今回訪れた光明院に隣接する諏訪神社には砲弾が奉納されています。

Google map 館山


地蔵堂跡


まずはこの辺りに地蔵堂があったということなのですが、駐車場に車を停めるといきなり怪しい地形が目に入ります。この丘陵だけ不自然に取り残されています。地蔵堂跡とはこれのことで間違いないでしょう。削られた丘陵壁面のあの窪みに地蔵を祀っていたのでしょうか、とすると、崖観音のようなちょっとした岩屋形式だったのかも。当時の姿を見てみたかったと思わずにはいられません。

地蔵堂跡

海岸線沿いなので海が見えるのはもちろん、反対を向くと山が見えるという、館山では当たり前の景色が一見さん観光客にはたまらなく素敵に見えます。

地蔵堂跡
地蔵堂跡から

光明院の外壁に”やぐら”らしき横穴造作が確認できます。ということは、この光明院の側面を通る道は、昔は光明院の境内、もしくは地蔵堂の境内だったのかもしれません。かなり風化していますが、何かを祀っていた、もしくは供養していたことは間違いないでしょう。

光明院丘陵外壁の造作
光明院丘陵外壁の造作
光明院丘陵外壁の造作


光明院境内


光明院境内に入ります。境内には浅い掘りながらもそれらしい造作の跡が見てとれます。”やぐら”というより石像・石塔類を置く造作でしょうか。

浅い掘り跡がさらに風化したような壁面
入口の六地蔵

地蔵堂と同じく境内にも”やぐら”らしき横穴があります。人為的に削られたのかもしれませんが、かなり風化しているものが多かったように思えました。またこちら境内の横穴はあまり”やぐら”という雰囲気がしません。

やぐららしき横穴
やぐららしき横穴

”やぐら”らしき横穴の一つから水が滴り落ちています。辺りはコンクリート漬けにされていますが、地面は生きているようで、岩肌から水が染み出しています。自然の生命力って凄いですね、古代の人たちが海・川・山・岩などの自然そのものを崇めていた気持ちが最近わかるような気がしてきました。「この地面のような屈強な生命力を自身に取り入れることができたら」なんて古代の人たちは考え、そして信仰が始まっていたのかもしれません。

岩肌から水が染み出していた横穴


光明院本堂


本堂にやってきました。光明院の本堂向拝にある装飾は、1868年に施された後藤利兵衛橘義光の作品です。虹梁の上に鶴松、そして中央に宝珠を持った龍、両脇正面に獅子、横に獏が配されています。まさに芸術作品。

本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾

獅子がオバケみたいな手つきで”にょきっと”飛び出しているところがイイですよね。立体感がより強調されます。まぁ立体だから当たり前だけど。

本堂向拝の装飾
本堂向拝の装飾


諏訪神社


お隣の諏訪神社に移動してみます。こちらは波左間地区の鎮守で、建御名方命(タケミナカタノミコト)を祀っています。

諏訪神社

諏訪神社の側面丘陵側に造作がみられます。階段があるので辿っていくと、そこに何かを祀ってあったのかというような削り跡があります。もしくは風化してこうなったのかもしれません。

諏訪神社側面にある丘陵壁面の造作
諏訪神社側面にある何か祀ってあったのかもしれない壁面造作

ということで、光明院には宮彫り師の後藤義光の作品目当てで訪れたつもりが、これだけの”やぐら”らしき横穴造作を確認することができました。境内にあったものは微妙な感じもしますが、それが”やぐら”であってもなくとも、とにかく安房国で”やぐら”文化が浸透・定着した痕跡がこうした横穴造作に現れているのではないかと思いました。もしかしたら、館山市・南房総市辺りでは”ふらっと”適当な寺社に立ち寄っても、このような横穴造作があるのかもしれませんね。

地蔵堂跡



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記事作成  2018年5月6日

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