2016年5月11日水曜日

東泉水谷やぐら群


浄明寺地区に「泉水」という小字名が伝わっています。「泉水橋」としてバス亭の名前にも使用されています。今回紹介するやぐら群は、『鎌倉市史 考古編』(以下市史)にて「東泉水谷やぐら群」と呼称されています。泉水の東側にあたるので東泉水です。市史に「東泉水谷」とあるように、やぐら群のある辺りを東泉水ヶ谷と云うようです。やぐら群の一つには、これまで見たこともないほどの美しい浮彫が施されていました。

Google map 鎌倉

東泉水ヶ谷の立地


鎌倉駅から六浦道を下り、浄妙寺・報国寺などを過ぎ、明王院までは行かない辺りが泉水となります。泉水橋というバス亭の名のとおり、滑川を渡る橋が架けられています。橋を渡り奥に進むと泉水です。

泉水橋

鎌倉時代、若宮大路を基軸に都市が形成されてきましたが、足利政権下では、六浦道が主軸となりました。東泉水ヶ谷は、この六浦道に面し、さらに足利氏の菩提寺浄妙寺や南北朝期の政事の中心であった公方御所に近接しています。新田義興や北条時行などの足利氏と敵対する勢力に、何度も鎌倉への侵入を許していることからも、南北朝期における御所周辺は、厳戒態勢、とまではいかなくとも、少なくともそれなりの城郭が施されていたことが考えられます。

六浦道 泉水の辺り

未知なる寺院は積善院か?


やぐら群の近くには現在お寺も何もありません。お寺があったという伝承も伝わっていません。しかし、やぐらがあるということは、そのやぐら群を営んでいた寺院が存在した可能性は多いに考えられるでしょう。

Google map 東泉水

『鎌倉廃寺事典』に「積善院」という廃寺が記されています。「梶原谷の南方にあり」という文献・資料の記述からも、まさに位置的にはこの東泉水谷やぐら群のある辺りとなります。この積善院こそが東泉水谷やぐら群を営んでいたのかもしれません。但し、その積善院の詳細は全くの不明であるため、東泉水谷やぐら群を営んでいた寺院が積善院だとしても、そこから何かしらの事実が判明する訳でもないようです。残念。

東泉水やぐら群のある丘陵麓


東泉水谷丘陵部


さて、それではやぐら群に向かってみましょう。一見さん観光客では行くのも憚れるような住宅地の細い路地を奥に進んで行き、丘陵を登って行きます。

東泉水谷丘陵部

鎌倉の史跡めぐりを趣味とする人たちが立ち入っているからでしょうか、道は意外にも踏み跡というより、掘割状といっていいほど凹んでいます。もしかしたらこの丘陵部にはやぐら見学以外にも訪れる用途があるのかもしれません。そして凄いです。周辺はひな壇状地形が連なる典型的な鎌倉寺社裏山の様相です。現在住宅地となっている平場に寺院があったのではないかという想像が確信に変わります。また周辺は石切り場としても活用されていたようです。

東泉水谷丘陵部

東泉水谷やぐら群


やぐら群に到着すると真先に目に飛び込むのが浮彫のあるやぐらです。中央に宝篋印塔、そして両脇に五輪塔が浮彫として施されています。また、側面にも五輪塔の浮彫、そして納骨穴らしき造作が確認できます。窟内には無数の石塔が置かれています。この辺り一帯に落ちていたものをかき集めたのかもしれません。

東泉水谷やぐら群

浮彫は細部に至るまでリアルに表現されています。まさに石塔そのものがそこにあるような雰囲気です。これだけの技術を擁するとなると、律宗の石工集団がまず思い浮かびますが、もしくはかなり時代が下ったものなのかもしれません。周辺はその他半分埋もれかけたやぐらが確認できます。ちなみに市史には「17穴」とありました。地上部分における土地開発の関係で、現在も17基ものやぐらを確認できるかどうかは定かではありません。

東泉水谷やぐら群

浮彫とは


ところでこのように石塔を浮彫にすることにどのような意図があるのでしょう。残念ながら市史をはじめとする主だった著書・資料には、その答えを記してくれたものはありませんでした。そこで私個人的な考えとしては、これまでこのような浮彫のあるやぐらを見た限り、浮彫とは、記念碑のようなメモリアル的な意図があるように思えてなりません。東泉水谷やぐらに関して言及すれば、中央に宝篋印塔が刻まれた辺りなど、ただただ故人を弔ったというだけではないように思えます。

東泉水谷やぐら群

やぐらの主は


浄明寺地区でみられるやぐらにはある特徴がみられます。浄妙寺・報国寺・大楽寺跡ではシンプルな形状ながらも大きく開口したサイズ的にも大きめなやぐらが数多く存在します。そういった意味では、東泉水谷やぐら群はその特徴とあまり合致しません。公方御所に近接した立地からも、東泉水には足利氏・上杉氏、もしくはそれら両家に近しい縁者が居たと考えるのが妥当かと思われますが、やぐらの形状に限ってはかなりの差異がみられます。

浄明寺地区の典型的なやぐら(延福寺跡)
東泉水谷やぐら

やぐらの形状の違いは何を表すのでしょうか、時代が違うのか、職人が違うのか、それとも宗派でしょうか、もしくは古墳時代末期横穴墓を再利用したなどの理由でしょうか、何はともあれ、あの美しい浮彫のあるやぐらにはどんな人たちが眠っているのでしょう、そしてどんな願いが込められていたのでしょう。ちなみにこの浮彫、光っているかのようで少し眩しいくらいでした。美しく不思議なやぐらです。



カテゴリー 探索記事(エリア別 浄明寺
記事作成  2016年5月11日

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