2018年5月12日土曜日

鉈切洞穴

海南刀切神社

今回の向かった先は、6000年前から存在する全長36.8mもある海蝕洞穴に祀られた神社です。山側に船越鉈切神社、海側に海南刀切神社があり、どちらも「なたぎり」と読みます。昔は鉈切大明神の上宮・下宮として一社一神とみなされていました。そして鉈切といえば、三浦半島にある(あった)鉈切との関係はあるのでしょうか・・。


周辺の地理


鉈切洞穴は館山市街地中心部の西で鏡ヶ浦の下部に所在しています。周囲ではその立地特性からも、戦時中に赤山地下壕や宮城掩体壕といった軍事施設が多く建てられていました。また館山は関東大震災で最も土地が隆起した場所とも云われ、実際にも今回訪れる鉈切洞穴は海蝕洞なのに標高25mの位置にあります。つまり土地がとてつもなく盛り上がったということなんでしょうね。

Google map 館山
①崖観音 ②那古寺 ③鶴谷八幡宮 ④館山駅 ⑤館山城 ⑥鉈切洞穴 ⑦光明院 ⑧洲崎神社


究極の実践の神


鉈切神社の縁起には「神が斧で道を切り開いた」「神が大蛇を退治するために鉈で岩を切った」などの伝承が残されています。とにかく神さまが何かしらを真っ二つにしてしまっています。そして面白いことに、船越鉈切神社と海南刀切神社の両社を地図で見ると、境内も真っ二つにされていることがわかります。船越鉈切神社は浜田、海南刀切神社は見物という土地に所在しています。住所が違うんです。さらに県道257号線にも両社が真っ二つにされています。自身をも真っ二つにするという、まさに「その名の通り」を究極に実践している神さまなんです。

Google map 鉈切神社
①見物にある海南刀切神社 ②浜田にある船越鉈切神社


海南刀切神社


まずは海側の海南刀切神社です。こちらは真っ二つに分かれた巨石の前に神社が建てられているそうなのですが、この巨石を見るのを忘れてくるという痛恨のミスをしてしまいました。だって見た感じこれ以上のものはない雰囲気だし、早く海蝕洞の方に行きたかったんです。またいつか館山に来よう・・。

今見ると切なくなる海南刀切神社


船越鉈切神社


さて、それでは県道を渡って鉈切洞穴こと船越鉈切神社へ向かいます。こちらは海南刀切神社と比べると随分と参道が壮大になっています。参道脇には昔はここに何かがあったのだろうと思われる名残りがみられました。

参道
何かがあったのであろう名残り


鉈切神社のやぐら


塚状地形に”やぐら”を発見!ちょっとサイズが小さく掘りが浅いものの宝塔の浮彫がみられます。長者夫婦の墓と伝わっているそうです。安房地方では二対のモノをよく見かけました。鎌倉で”やぐら”に葬られるのは武士階級か僧侶、それ以外では豪商などと云われています。安房では被葬者の階級が異なるのかもしれません。もしくは鎌倉の”やぐら”より時代が下る可能性があるように思われます。

船越鉈切神社のやぐら


鉈砥ぎ石


鉈砥ぎ石なるものがありました。大蛇を退治するために神さまが鉈を砥ぎ試し切りをしたところ、真っ二つに割れたというモノらしいのです。かたや鶴岡八幡宮では同じような形状の石を姫石(政子石)として祀ってあります。見る人によって世界や解釈が変わるのはいつの時代も変わらないようです。

鉈砥ぎ石


鉈切洞穴


さて念願の鉈切洞穴の拝殿が見えてきました。洞穴の中に社殿があるぐらいだろうと思っていましたが、結構ちゃんとしています。

船越鉈切神社

肝心の洞穴内には入れませんが拝殿から覗くことができます。でもどうして人を入れさせないのに周辺をコンクリート漬けにしてしまうのか、とか、なんかこの社殿あまり雰囲気に合ってない、とか、色々ツッコミたくなります。やはり洞穴の中に入れるよう整備しておくべきだったでしょう、これじゃぁ誰も来ないですよ、日曜だというのに鉈切大明神さまが寂しそうです。

拝殿の左から見てみた!
拝殿の右から見てみた!

発掘調査の結果、鉈切洞穴では縄文時代の土器・漁具などが出土しているので、住居として使用されていたようです。古墳時代では墓として利用され、その後、丸木舟を社宝とした海神を祀る神社として地元漁民から信仰の対象になっていたことがわかっています。祀られているのは豊玉姫命です。

船越鉈切神社


三浦半島の鉈切


ところで、鉈切といえば、三浦郡浦郷(現在の横須賀市追浜)に鉈切という地名があります(ありました)。こんな珍しい固有名称が偶発的に異なる場所で同時発生するでしょうか。これはどう考えても繋がりがあるとしか思えません。館山の鉈切の由来は、鉈砥ぎ石の伝承でもあったように、神が大蛇を退治するために鉈を用いていたことがわかります。一方で三浦半島にある鉈切は、源範頼に由来します。源範頼が失脚し、幕府の追手が迫ったとき、漁師の平兵衛が鉈でその追手を退け、難を逃がれたことから、その地を鉈切と云うようになったと云われています。

迅速測図 浦郷村の鉈切

その名の由来はそれぞれ異なりますが、鉈で敵を攻撃するところは合致しています。また三浦半島の鉈切付近にある八王子神社では、大蛇を退治するという似たような伝承が残されています。どちらがオリジナルの鉈切なのかはわかりませんが、三浦半島と房総半島の歴史的な深い繋がりからも、伝承を共有しているからこそ鉈切という固有名称がそれぞれで存在しているのではないでしょうか。

八王子神社で狛犬のつもりでいるNさん

三浦半島の鉈切では、古墳時代前~後期(4世紀~7世紀)の集落跡・祭祀用の高杯・土器・その他多数の遺物が発掘され、中でも国内最古と考えられる雨乞いの儀式を行った跡がほぼ完全な形で出土しています。そして安房鉈切神社では、雨乞いの芸能である”かっこ舞”の祭礼が現代にまで伝えられており、さらに、安房といえば、朝廷で祭祀を担当していた忌部氏が房総の地を開拓したと伝わっています。これらが関係あるのかどうかはわかりませんが、鉈切という名称からも、何かが繋がっているとしか考えられません。

鉈切神社参道にあったもの凄い様相の木 なんか素敵



カテゴリー 探索記事(房総・安房で鎌倉遺構探索)
記事作成  2018年5月12日

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