松島円通院
宮城県は松島町にある円通院は松島三霊廟に数えられる名刹です。バラ園があることからバラ寺とも呼ばれています。これは伊達政宗がスペイン国王とローマ教皇のもとに派遣した遣欧使節の支倉常長が持ち帰った洋バラに因むと云われ、実際にも円通院には日本最古の洋バラがあるそうです。今回は残念ながらバラの開花まであと少しという時期に訪れたため、その洋バラを見ることはできませんでしたが、素敵な新緑が境内を埋め尽くしていました。
円通院天地の庭 |
基本情報
寺号 :円通院建立 :正保四年(1647)
開山 :洞水
開基 :伊達忠宗
住所 :宮城県宮城郡松島町松島町内67
駐車場 :なし
拝観時間:季節で変動あり
拝観料 :大人300円・高校生150円・小中学生100円
公共交通機関:JR松島海岸駅より徒歩5分
円通院縁起
円通院は19歳で早世した伊達政宗の孫にあたる光宗の菩提寺として正保四年(1647)に瑞巌寺100世の洞水を開山に迎え仙台藩主二代の伊達忠宗によって創建されました。境内には開山と同時期に建てられたとされる薬医門、同じく開山時に建立された三慧殿、光宗が江戸の納涼の亭として使用していた建物を海路で運び移築された本堂大悲亭などがあります。
山門・薬医門 |
円通院境内 |
明月院風休憩所w |
円通院境内 |
三慧殿 |
本堂大悲亭 |
大悲亭観音像 |
三慧殿内宮型厨子
伊達光宗の霊廟となる三慧殿は御霊屋(おたまや)とも呼ばれています。この三慧殿にある厨子の中には白馬に跨る衣冠束帯の光宗の像と殉死した7人の像が祀られています。また厨子には支倉常長が西欧より持ち帰ったという文化模様が描かれており、和洋折衷の様相を呈しています。円通院にあるバラが日本最古の洋バラだとありましたが、もしかしたら、三慧殿の厨子はさしずめ日本最古の和洋折衷建築物なのかもしれませんね。
三慧殿 |
厨子は国の重要文化財だけあって丁重にガラスで遮られています。「見づらいじゃんケチ」と思っていたところ、写真を撮ると三慧殿前に青々と茂る新緑の焔が写り込むという、ちょっと素敵な雰囲気になりました。
三慧殿内宮型厨子 |
厨子にはハート模様・クローバー模様・バラ模様・ダイヤ模様・クローバー模様・クロスつなぎなど、意外に多くの西洋模様が散りばめられています。ご存じのように、徳川幕府はキリシタンを厳しく取り締まっていました。そのため伊達藩はこの西洋文化を取り入れた建造物が誤解を招かないようにと、三慧殿を固く閉ざし、3世紀半もの間公開されず現代に至ったと云われています。
円通院庭園
円通院には禅寺らしい趣きのある庭園が施されています。本堂大悲亭の前にあるこちら下画像の庭園は、伊達藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭を移設したと云われています。ちなみに伊達藩江戸屋敷はどこにあったのかと調べてみたところ、日比谷公園や汐留駅に麻布など、いくつもあったようなので、この遠州の庭がどの江戸屋敷にあったものなのかはわかりませんでした。
遠州の庭 |
天の庭・地の庭で構成されこちらの石庭は、須弥山を中心に松島湾に実在する七福神の島を表しているそうです。橋は天と地を結ぶかけ橋とのことですが、橋の中心にある丸い石は何を表すのでしょう。禅問答でしょうかね。
天地の庭 |
三慧殿禅林瞑想の庭は、杉林の中に山野草と苔で構成されています。
三慧殿禅林瞑想の庭 |
三慧殿禅林瞑想の庭 |
円通院洞窟遺跡群
円通院にもやぐらが施されています。伊達光宗に従い殉死した家臣などが供養されています。700年以上前のものだと現地案内板にありましたが、そうは見えません。もしかしたら後世にて改変されたのかもしれません。
円通院洞窟遺跡 |
円通院洞窟遺跡 |
円通院洞窟遺跡 |
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