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鉄の暗号・熱海編

2019/09/09

地名 熱海

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鉄の暗号・熱海編


鉄の暗号 熱海編

熱海には赤井谷・日金町などの鉄に関連するのではないかと思われる地名が伝えられています。そこでテーマを鉄に絞って熱海を掘り下げていくと、思った以上に熱海は鉄をはじめとする鉱石資源の宝庫だったのではないかという答えに至りました。ということで今回は、古代熱海伊豆山神社領域は鉱石資源地区だったであろう説を史跡や地名から読み解いていきたいと思います。

鉄の神=虚空蔵菩薩・明星天子


まずは熱海が鉄の土地だと確信した史跡がこちら、熱海市伊豆山の領域にある岸谷町に明星水と呼ばれる井戸があります。そこは安然(841~915年)が求聞持法を修したと伝えられる特別な場所で、明星の井戸とも呼ばれています。そしてこの明星の井戸をどこかで聞いた覚えのあることを思い出しました。

熱海にある明星の井戸
明星の井戸に祀られている祠

熱海以外にもある明星の井戸とは、そう、千葉県鴨川市の清澄寺にある千年杉の下に眠っているという明星の井です。

清澄寺と千年杉

清澄寺に明星の井戸と示すものはありませんが、石川修道著『宗祖生国の先住者安房に移住した阿波忌部族の動向について』によれば、清澄寺に明星の井が千年杉の下に有ると記されています。これだけだといきなり何のことだかわからないと思うので、この部分における詳しい箇所を同書から引用します、以下。

忌部族の産鉄技術の信仰神が星神の虚空蔵菩薩である 。日本全国の虚空蔵山又は妙見山と名称される山は全て鉱山である。房総に仏教が伝播される以前から、忌部族の産鉄信仰は星神を拝した。古神道では、その星神を天御中主命と称し、仏教が伝播されると北辰妙見尊となる。北極星(北辰)の産鉄エネルギーを一番星に見出した時、その星神は虚空蔵菩薩・明星天子と表現される。



このことから、明星とは虚空菩薩であり、虚空菩薩とは産鉄信仰の星神であることがわかりました。清澄寺は、宝亀二年(771)に不思議法師が虚空蔵菩薩を祀ったことに始まり、本堂の裏山にある妙見堂には北辰妙見大菩薩が祀られています。また、井上孝夫著『房総地域の山岳宗教に関する基礎的考察』には同じように鉄と虚空蔵菩薩の関係が記されています、以下引用。


妙見は北極星、虚空蔵は金星であって、いずれも星神の信仰に関わっている。それと同時に、これらの神々の信奉者は製鉄集団でもあり、清澄山もまた房総の他の山々と同様、製鉄に関係の深い山だということが示唆されている。全国的にみても妙見・虚空蔵が製鉄と関わることはほぼ問違いのないところである。



虚空蔵菩薩・明星天子が製鉄と関わりのあることがこのように複数の歴史家から指摘されています。したがって明星の井戸とは虚空蔵菩薩の井戸であり、それは製鉄集団の井戸である可能性が考えられます。それでは次に、熱海の地名からその可能性を見出してみたいと思います。

岸谷町

ちなみに熱海の明星の井戸がある辺りを上記したように岸谷町と云います。興味深いことに、熱海伊豆山温泉観光協会のパンフレットに「この地区の温泉は鉄分を含んだ温泉」だとあります。辻褄が合いすぎてニヤけてしまいます。

熱海にある鉄の地名


往時の伊豆山神社の領域が西は函南町の大土肥橋、東は湯河原との境界線となる千歳川までだったと考えられています。ですから今回の検証範囲を熱海市から函南町までとしました。そして改めて地図をよくよく見てみると、なんと、熱海、鉄の地名だらけじゃありませんか・・。

Google map 熱海
詳細は最下部のGoogle map参照

●白の数字:①函南町②丹那③軽井沢④笹良ヶ台町⑤日金町⑥福道町⑦渚町⑧桜町⑨桜木町⑩赤井谷⑪稲村⑫大洞⑬泉
●赤の数字:①伊豆山神社②走湯神社③日金山東光寺

サ行は鉄


鉄に関連する地名として代表的なものに、須賀・菅・洲処(スガ・スカ)、須佐(スサ)、諏訪(スワ)、真(サナ)、寒(サム)、錆(サヒ・サビ)、佐倉・桜(サクラ)、笹(ササ)などが挙げられます。その他にも渋(シブ)、芝(シバ)、祖父(ソブ)、祖母(ソボ)など、鉄を表すメジャーな地名として比較的サ行に集中する傾向があるようです。鉄が砂(サ・ス)から派生するからでしょうか。


熱海でこれに当てはまるのが笹良ヶ台町渚町桜町桜木町です。笹良ヶ台町(ささらがだいちょう)のように、砂鉄の意である「サ」を「ササ」と重ねて笹という字を当てる例は全国でもみられます。渚町は「なぎさちょう」と読みますが、房総半島では横渚と書いて「よこすか」と読みます。「スカ・スガ」は砂鉄を表す代表的な地名です。

そして桜町桜木町はサが砂鉄、クラはクロが転訛したものです。クロは黒で鉄本来の色です。またそれがどこなのかわかりませんが、熱海市史に「芝休」という地名の記述がみられます。

笹良ヶ台町からの景色

金・赤・黒は鉄の色


鉄を表す色として金・黒・赤が挙げられます。鉄は金属でありそして金に比する貴重な資源であったことから鉄が金と表現されることに疑問を抱く人はあまりいないでしょう。また金に限らず鉄・銅などの鉱石を産出する山をすべて金山と称します。

熱海には日金町日金山があります。日金山の縁起に、「伊豆山の浜辺に現れた光る鏡が日輪のようで、峰は火を噴きあげているように見えたので、日が峰と呼ばれ、やがて日金山と呼ぶようになった。」とありましたが、後世の後付けではないでしょうか。火と鉄でヒガネです。火は日、鉄は金です。

赤井谷

赤の付く地名は酸化した鉄の赤褐色土によるものである可能性が考えられます。熱海には赤井谷という場所があります。但し、銅を「アカガネ」と呼称することから、銅が産出する土地ではどちらに起因するのか注意が必要です。また湯河原方面にある海岸を黒崎と云います。黒は砂鉄の色で「クロガネ」は鉄の古称です。

製鉄・採鉄工程における地名


鞴・吹子(フイゴ)は製鉄工程において炉に風を送る送風器です。地方によっては、タタラそのものをフイゴとも云い、砂鉄製錬の道具を指し、またその場所を指したりもします。この「吹く」が「福」に転じた鉄の地名が全国的にもみられます。

そして熱海の来宮神社の近くに福道町があります。一方で傾斜地を利用して砂鉄を採取する方法を鉄穴(かんな)流しと云い、それを行う者を鉄穴師(かんなじ)、その場所を鉄穴場(かんなば)と云います。三嶋方面にある函南(かんなみ)の地名と発音が極めて類似しています。

福道町からの景色

山の斜面を掘り込んで坑道状になったものをホラと云い、カンナボラ(鉄穴洞)という実例の地名があります。そして熱海の湯河原方面に大洞(おおぼら)という地名が伝えられています。しかしこの辺り、大々的な石切り場でもあったようなので、それが鉄に由来するのかどうかは判然としません。

稲は鉄


現在町名として存在しませんが伊豆山地区に稲村があります。谷川健一編『金属と地名』に「砂鉄は小鉄(こがね)とも種子(たね)ともいう。」「鉄など鉱物を扱う場合、これを植物に見立てて表現する例は多い。例えば、砂鉄のことを稲種などの作物と同じように種といっている。」「稲(いな)は鋳土(いな)で産鉄用語である場合がある。」とこのように砂鉄を種と云うとあります。種(砂鉄)から生まれた稲は鉄ということになり、また産鉄用語である可能性が指摘されています。

稲村からの景色

鉄に関する固有名詞


一見して鉄とあまり関連がなさそうでも、鉄と関わりのある土地に限って「別所」という地名が存在します。また「東光寺・東光院」そのものが鉄に関連するとも云われています。熱海には日金山東光寺、そして東光寺の西にこれまた鉄に関する地名と云われる軽井沢、そしてそれがどこなのかよくわかりませんが、熱海市史に「別所獅子洞」という土地の記述がみられます。

日金山東光寺

鉱石を表す泉


清澄寺の項でも紹介した『房総地域の山岳宗教に関する基礎的考察』に興味深い記述があります。以下引用。

「清澄寺の山号・千光山は星(流星)の輝きに基づき、寺号・清澄は地中から湧き出る泉に基づいている。この星と泉は天から授けられる鉱山(隕石)と地中から授けられる鉱石を暗示している。」


つまり泉とは鉱石であり、そして清澄とは地中から湧き出る泉、そう、それは明星の井戸を指しているのかもしれません。このことからも地名であるも鉱石、つまり鉄を表す地名である可能性が考えられます。そして熱海から湯河原にかけた山間部にという地名があります。

糸川
糸川のイトも海岸線によくみられる謎の地名

空海が熱海に訪れた訳


伊豆山神社の第五祖に空海がいます。そこで『立命化友会・温泉研究会』にある石井猛岡山理科大学名誉教授の論文に「空海が水銀を含む鉱石(辰砂)についての知識を持っていたと思われる」という興味深い記述がみられます。以下引用。

空海は山岳信仰の元祖である役小角や博学の僧侶である行基から水銀の知識を受け継いでいたと推測され、現在の三重県多気郡~紀ノ川流域~徳島県の吉野川沿いに続く中央構造線の地域に水銀が多く産出することを知っていたと推測される。


空海は遣唐使として入唐するが、同じ遣唐使の最澄は天皇や皇族からの依頼で公務として、莫大な渡航費を得ていたのに比べて、空海の渡航費は親族や縁者から調達した他に、丹(辰砂)から水銀を精製する手法を駆使して資金を得ていた可能性がある。


空海は四国や紀伊半島等 の山岳地帯にわけ入って、辰砂の産する丹生山を探す折に温泉を発見したとも推測される。和歌山県の竜神温泉は、空海の見出したとの伝承があり、全国でも数10箇所の温泉地は空海に縁深い温泉と伝えられている。


空海が丹(辰砂)から水銀を精製する術を持っていたとすれば、鉱山地帯である熱海でも同じことをしたはずでしょう。函南町に丹の文字が入る丹那という地名があります。そして辰砂の産する丹生山を探す際に温泉を見つけたとありましたが、鉄(鉱石)を探していたら温泉を掘り当てたという例は全国的にもよくあるそうです。鉄(鉱石)のあるところに温泉あり、もしくは温泉のある所に鉄(鉱石)があるということなのかもしれません。

空海の弟子・杲隣が隠遁したという土沢山光南寺旧跡

空海の真言宗一派の寺院が水銀鉱産地と関連する場所に立地していることが指摘されています。そこで面白いことに、島田允堯著『自然由来重金属等による地下水・土壌汚染問題の本質:水銀』によると、全国の地熱地帯から得られた温泉水や地熱水における総水銀量を分析したなかで、非火山性温泉水中の水銀濃度について、東北・関東地方の72の源泉の総水銀濃度が0.001以下~3.5μg/Lの値を示したなか、熱海の間欠泉が3.5μg/Lの最大値を叩き出したという検証結果が示されています。

熱海の大湯・間欠泉

杉の謎と忌部族


横浜市を中心に点在する杉山神社は、忌部族・出雲族・熊野修験などの製鉄集団が関わっていることが多くの歴史家から指摘されています。井上孝夫著『畠山重忠と鉄の伝説』に「杉というのは樹木のことではなく、砂鉄を意味するスガの転訛と受け止めるべきだと思われる。」とあるように、杉が鉄などの金属・鉱石に関わるキーワードである可能性が高いようです。

ここで少し興味深い例として、徳島県阿南市では、水銀朱の原料・辰砂を採掘した弥生時代後期~古墳時代初期(1~3世紀)に推定される坑道跡が発掘されています。これを若杉山遺跡と云います。面白いことに杉の字が入っていますね、しかも徳島県ですから、この情報だけでは忌部族とは断定できないものの、忌部族と思われる一族が本当に神話の時代から鉱石に関わっていたということが証明される遺跡とも云えるでしょう。

日金山からの景色
『走湯山縁起』に「日金山(久地良山)頂の大杉のなかに一男一女が現れ、女を日精、男を月清と称し、のちに夫婦となって権現氏人の最初となった。」と記されています。祀られる対象が杉から現れています。なぜ杉なのかはわかりませんが、このことから少なくとも杉がいかに重要なアイテムなのかが伝わってくるようです。また上述したように、忌部族の拠点だったのであろう清澄山に千年杉があることも興味深いですよね。

房総半島の外房地域には大杉神社といってこれまた製鉄集団に関わる神社が点在しています。ですから上記した杉山神社は、西側から来た製鉄集団が伊豆を経由して横浜市方面に広がった結果であり、一方で房総半島に広がった結果が大杉神社になったと解釈することもできます。ということから、地名や史跡、さらにはそれら史跡の縁起に杉が現れる場合、それは鉄をはじめとする鉱石に関わる集団が関わっている可能性が高いようです。

竜蛇信仰と出雲族


日本における鉄の歴史からも、鉄といえば出雲と言っても差し支えないでしょう。そして出雲といえばスサノオやヤマタノオロチが連想されます。スサノオの「スサ」は鉄を表す地名に使われることで知られています。そして『畠山重忠と鉄の伝説』に「竜蛇信仰はもちろん製鉄民のものといってよいだろう。」とありました。

熱海の走り湯温泉には、地中に龍がいて湯や煙を吐き出していると伝えられており、その尾は箱根の芦ノ湖まで続いていると云われています。また『伊豆山略縁起』に「山中の秘所は八穴の幽道を開き」とあります。つまり現存する走り湯温泉のような洞窟が往時では8ヵ所もあったことになります。そしてヤマタノオロチは8つの頭を持っていましたね。

龍が棲む走り湯温泉洞窟
熱海で知り合った博学の和尚に「伊豆は出雲からきている」というヒントをもらいました。また伊豆山神社の縁起に大磯が登場しますが、大磯の地誌にも出雲族が関与しているとありました。このことからも出雲族が伊豆そして相模国にまで到達していた可能性が考えられます。

熱海の来訪者


熱海に来訪した出雲族として、出雲忌部族、小野族、海洋系民族の隼人系吾田(あた)族などが候補として挙げられています。阿波からは阿波忌部族、紀伊からは紀伊忌部族や熊野修験勢力、そして天台宗に真言宗、さらには九州北部を根拠地とした安曇族も一説には熱海に到達したと云われています。鉱物採集を業とする海洋系民族・安曇族が移住した先には、安住・渥美半島・明日見・厚見・厚海などがあり、発音に類似性がみられます。そして熱海もその候補の一つとされています。

熱海遊覧船
鉄(鉱石)を求めてやって来た彼らがなぜ星神を信仰していたのか、それは彼らが船でやって来たからであり、北極星(北辰妙見大菩薩)を頼りに航海をしてきたからです。東に向かえば未開拓の土地があると、東に光を求めてやって来たのです。そしてそこに仏教が加えられたとき、それは東光(東向)寺となったのでしょう。

鉄は火山の恵み


火山は人類に災害をもたらすと同時に長期的にみれば恩恵も与えてくる存在となります。溶岩や火山灰などの噴出物が堆積することによって広大な平地がつくられます。そしてなんといっても温泉が湧き出します。また火山の地下ではマグマから多様な成分が沈殿し、豊富な鉱山資源がつくられます。熱海では日金山が活火山であったと熱海市史にありました。

伊豆半島の特に東側に外部からの来訪者に因むであろう史跡や地名が残されているのは、伊豆半島の東側に火山群が集中しているからでしょうか。古代の人たちは熱海及び伊豆半島が豊潤な鉱山地帯であったことをわかっていたのでしょう。

日金山十国峠からの景色

あとがき


熱海にある赤井谷や日金山という地名から、熱海は鉄の産地だったのではないかと考えたところ、熱海市史に、赤井谷の赤は仏教の閼伽に因むと否定されたことに疑問を持ったのが今回のテーマを掘り下げるキッカケとなりました。そこから熱海が鉄の産地だったという根拠をこれでもかと集めてみましたが、勉強になることが多く、これぞ歴史探求の醍醐味といえる面白さでした。

そして上記したものはあくまでも鉄に関する著書・資料などから得た知識を熱海に当てはめたものであり、専門家の検証を受けたものではありません。しかし、熱海に限っては、地名・史跡・地形など全ての条件が合致しているので、信憑性が高いと個人的には考えます。それでは、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

伊豆山神社のアタニャン

お世話になった参考資料

谷川健一著『金属と地名』
静岡県編『伊豆半島の火山』
熱海市編『熱海市史』
石川修道著『宗祖生国の先住者安房に移住した阿波忌部族の動向について』
井上孝夫著『房総地域の山岳宗教に関する基礎的考察』『畠山重忠と鉄の伝説』
立命館大学『立命化友会・温泉研究会』
島田允堯著『自然由来重金属等による地下水・土壌汚染問題の本質:水銀』
安曇誕生の系譜を探る会編『安曇族の謎に迫る』

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