タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト

伊豆の神奈備山【三倉山】

2023/02/22

ハイキングコース 南伊豆

t f B! P L

神奈備山・三倉山


静岡県賀茂郡下田市吉佐美にある三倉山は、その美しい山容から神奈備山として周知されています。さらに、この山は美しいだけじゃないんです。三倉山を神体山とした古代祭祀遺跡や製鉄遺跡などが周辺で発見されています。

このなんとも神秘的な山に行ってみたいと思い、軽い気持ちで立ち寄ったところ、なんと、謎が謎を呼ぶ新たな展開に巻き込まれてしまいました。したがってこの度は、その三倉山でのハイキング・訪問記と共に、調べられた限りをこの記事でお伝えしようと思います。



三倉山は国道136号線沿いに所在します。したがって車であればアクセスは容易です。但し周辺にコインパーキングなどのこれといった駐車場がないので、どこか迷惑にならない場所を探すしかないようです。また登山口の案内板はありません。三倉山の南側・国道沿いに「銭瓶峠」というバス停があります。その辺りから奥に入って行くのが無難かと思われます。

遠目からでも「あっ!絶対あの山じゃん(笑)」と気付くほどの山容

目次 ●三倉山と古代祭祀遺跡【洗田遺跡】
●三倉山の地質と鉱石
●三倉山の名前の由来【荒井の長者】
●三倉山ハイキング
●三倉山ハイキング番外編①
●三倉山ハイキング番外編②
●鉱石の正体
●あとがき


三倉山と古代祭祀遺跡【洗田遺跡】


それでは、三倉山ハイキング本編に入る前に、三倉山の歴史を調べてみたのでしばしお付き合いください。ハイキングで出会った地形や鉱石の謎が少しだけ解けてきました。

三倉山の周辺では、大賀茂川を挟んだ東側の低丘陵で三倉山を神体山とした古墳時代中期~後期(5~6世紀)頃の祭祀遺跡が発見されています(洗田遺跡)。出土した遺物は主に剣形・勾玉形・有孔円板などの石製模造品や、勾玉形・鏡形・丸玉形などの土製模造品などです。

また三倉山の北東には式内社・伊豆奈比咩命神社の論社、走湯神社が所在し、その近くでは平安時代頃の製鉄遺跡(金山遺跡)も発見されています。

それから、賀茂という地名からも、賀茂族が早くに南豆に入植していたことが想定されます。一説には洗田遺跡も賀茂族の痕跡ではないかと考えられています。

国土地理院地図 三倉山
①三倉山 ②七夕神社 ③洗田遺跡 ④走湯神社

三倉山の西側に七夕神社があります。地図や神社庁資料などには「棚機神社」と表記されていますが、現地の額面には「七夕神社」と記されています。また詳しい由縁もよくわかりません。一方で葛城市HPの『機織神社』項に「棚機・織女・七夕信仰が三者一体となって日本にもたらされた」とあるので、もしかしたら「棚機」でも「七夕」でも広義としては大差ないのかもしれません。

古代では三福(伊豆の国市)に繊維の工房があったとされるので、もしかしたらそれらの人々が訳あって南下してきたのかもしれません。そうなると倭文氏が関係してくることになります。

七夕神社

三倉山の地質と鉱石


実際に三倉山に行って不思議だったのが、意外に山中が開発されていたこと、そして水晶のようなキラキラ輝く鉱石が採れたことです。尾根道には「登山道」という案内板、そして山中には大々的な掘割状地形に、切岸と平場がひな壇状に施されていたりしました。

三倉山で採れた鉱石

下田市HPの『銭瓶峠の追剥』項に「下田から南方面に行くには、相の山道を越えて大賀茂の掘切りから険しい山道を通り一条に出てゆく速まわり道と、吉佐美洗田に出て銭瓶峠を越えるものと二つあったが、銭瓶越えが近くて便利なため、みんなこの道を通っていった。」とあるので三倉山もしくは三倉山付近に峠坂があったようです。

国道沿いの掘り割っている部分 銭瓶峠跡か?

また地質調査所が著した『5萬分の1地質図幅説明書神子元島』によれば、「三倉山を構成する、斑晶に乏しい流紋岩の岩脈がこれ(大賀茂流紋岩)に相当するものと思われる。」とあり、さらに「南伊豆は本邦におけるカリ石英粗面岩の最も主要な産地であるが,その鉱床は下田図幅地域の万蔵山と,本図幅地域の三倉山にある。」「三倉山・万蔵山の鉱石は昭和22~23年頃カリ肥料原料として使用された実績がある。」とあります。

したがって三倉山の岩脈は主に大賀茂流紋岩で構成され、カリ石英粗面岩の産地であり、また昭和初期に使用されたとあることから、それはつまり三倉山から採集していたということでしょう。

三倉山の山中が思いの他開発されていたのは、このように、峠坂としての活用、また鉱山として鉱石が採集されていたという事情があったようです。

穴を塞いだかのような怪しい箇所
掘割状地形
掘割というよりここまで大々的だと平場

三倉山の名前の由来【荒井の長者】


三倉山の名前の由来は下田市HPにある『荒井の長者』にありました。長いのでかいつまんで記します、以下。

下田市の郷土・伝説「荒井の長者」を要約
戦に敗れ伊豆に落ち延びてきた一団が三倉山周辺を安住の地とすることになりました。彼らは周りを開墾し、馬を育てました。さらに裏山で金が採れたため次第に豊になり、一団の頭領はいつしか荒井の長者と呼ばれるようになりました。

しかし手に入れた安住の日々は長くは続かず、荒井の長者の噂が都にまで届き、再び追手が現れたためこの地を去ることになりました。頭領は蓄えた金銀財宝を全て持ちきれないため、裏山に倉三つ分の財宝を埋めこの地を去りました。それからこの山を三倉山と呼ぶようになりました。


荒井の長者が居た方角からの三倉山

ちなみにその頭領が埋めたという財宝はこれまでに探した人が何人もいるそうですが、未だ見つかっていないそうです。そして「金が採れる」とありましたが、上記した地質調査所のレポートからは金鉱脈が見つかったという報告はありませんでした。

三倉山ハイキング


それでは、三倉山の壮大な歴史と事情がある程度伝わったと思うので、実際に歩いたハイキングの様子をお伝えします。尾根道がない部分も結構歩きましたが、ここでは現地にあった「登山道」の案内板が示す尾根道部分を中心にお伝えします。
三倉山

上記したように、国道沿いにあるバス停「銭瓶峠」の辺りから奥に入っていきました。「三倉山・富士浅間・木花咲耶比咩命・参道入口」という案内板があった下画像のいかにも参道らしき道からは、結局道なき道から尾根道にアクセスすることになります。しかも浅間神社らしき社も見つからず、一体何のことやら。
参道?

「参道?」のすぐ西側にある小谷から行くとある程度の尾根道が施されています。
登山口序盤の謎の地形
意外にも立派な尾根道
しばらくすると「登山道」の案内板

「登山道」の案内板から登り道です。しばらくすると謎の石組みと謎の穴が出現。井戸?窯?抗?、はてさて一体どのような用途の土木造作だったのでしょうか。
謎の石組み
謎の穴

道は頂部に向かってさらに傾斜を増していきます。意外にもロープが張られていたりしました。するとこの辺りから何やら地面がキラキラしていたので、確かめてみるとビックリ、小粒の水晶の塊のようなものが付着した石が落ちてました。
三倉山の鉱石
三倉山の鉱石

本当にキラキラするんですが画像だとそれが伝わらないので、カメラのピントをぼかしてみるとそのキラキラ感を写せたと思いますがいかがでしょうか。
三倉山鉱石のキラキラ感

赤い鉱石も発見、凄~い。
赤い三倉山鉱石

そしてしばらくすると頂部に到着。なんと、祠があります。もしかしたらこれが浅間神社ですかね。但し下田市HPに、荒井の長者の祠がある(あった)と記されていたような気もします。がよくわかりません。
頂部にあった祠

そしてハイキングの醍醐味、頂部からの見晴らしはというと、ダメです。木々で覆われてほとんど望めません。かすかに海が見えた程度でした。残念。
かすかに見えた見晴らし ちょうど利島が見えた

ちなみに「登山道」の案内板をもっと東に進むと鉄塔が施されていてそこから景色を望めます。
中腹から見えた景色

そしてさらにそこから道なき道を進み登って行くと海を見ることができました。
海が見えた!

三倉山ハイキング番外編①


ということで三倉山でのハイキングの様子をお伝えしましたが、何せ標高214mなので順当に進めば頂部まで30分もかからないでしょう。私は道なき道を進み三倉山を探検していたので3時間ぐらいは彷徨っていました。色々な地形造作があったなかで、驚いたのがまさかのやぐら(中世の横穴墓)?を発見したことでした。

やぐら?(笑)

鉱山だということで抗口を塞いだ跡なのかと思いましたが、そのような跡にはみえませんでした。ともかくこの横穴がどのような用途に使われていたのかはよくわかりませんでした。

三倉山ハイキング番外編②


せっかくの休日なのでここにも行きたいあそこにも行きたいと、食事も忘れ”せせこましく”いつも過ごしていましたが、この日は三倉山だけに集中して過ごすと決めていたので少し余裕ができました。熱海のホテルに戻る途中、まずは下田の道の駅に寄り、市場の食堂・金目亭というところで刺身盛り合わせ定食をいただきました。
下田港
金目亭の刺身盛り合わせ定食

次に赤沢日帰り温泉に立ち寄りました。大浴場から海が目の前に見えるので、湯舟に浸かるとちょうど海の水平線と湯が同じ高さになり、まるで海の温泉に入っているかのようでした。
赤沢日帰り温泉

熱海に戻り、伊豆太郎ラスカ熱海店で夕食。金目亭の刺身盛り合わせ定食も美味しかったのですが、刺身だけだと何か物足りない気がするので今度は刺身だけでなく揚げ物や総菜が付いた定食を頼みました。
伊豆太郎の伊東の港町定食

鉱石の正体


夕食時にTVをつけたところ、NHKでグレートネイチャーという番組がやっていて、アメリカのイエローストーンが紹介されていました。最近は火山や温泉に興味津々なので見入ってしまいましたが、なんとタイミングの良いことに、TVで解説しているそのアメリカの学者先生が「流紋岩には石英の結晶ができることが多い」と話していいました。上記したように、三倉山を構成する岩脈は大賀茂流紋岩です。ですから三倉山で見つけた鉱石は石英の結晶なのかもしれません。・・知らんけどね。

三倉山の鉱石

あとがき


三倉山は神奈備山という特別な山だということもありますが、調べてみると一地方の一つの山にこれだけの歴史と事情があった点には感慨深いものがあります。また何よりも鉱石に興味が出ると、史跡・遺跡・自然の風景に加えて鉱石(ジオパーク)ということになるので、今回の三倉山は見るべきポイントが増え、ある意味忙しくとても充実した面白さを感じました。

そして三倉山で見つけた鉱石ですが、市場価値があるかないかなんて個人的には関係ありません。神奈備山・古代の神体山で採れた美しい石ですから、市場価値がどうであれ、自分のなかでは金に比する価値があると思います。

関連記事


伊豆の神社・神域・ジオパーク・鉱石めぐりの旅【ダイジェスト編】

伊豆の神社・神域・ジオパーク・鉱石めぐりの旅【ダイジェスト編】

伊豆の神社・神域・ジオパーク・鉱石めぐりの旅 伊豆の神社・神域・ジオパーク・鉱石めぐりの旅 正月休みを伊豆で過ごしてきました。ちょっと記事にするのが遅れましたが今回はその行程をダイジェストでお伝えしようと思います。向かった先は伊豆半島の東と南にあるキノミヤ信仰や漂着神をテ...

伊豆半島東海岸めぐり 白濱神社と河津・八幡野の来宮神社

伊豆半島東海岸めぐり 白濱神社と河津・八幡野の来宮神社

熱海に泊まりながら伊豆半島をめぐってみました。今回はその伊豆の旅二日目の伊豆半島東海岸めぐり、下田・河津・伊東編です。この日のお目当ては、伊豆の歴史を集約したかのような史跡・白濱神社(伊古奈比咩命神社)と、キノミヤ信仰で知られる河津と八幡野...

ブログ内検索

ブログ アーカイブ

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ