2015年6月5日金曜日

新善光寺


山号寺号 不捨山新善光寺
建立   建仁年間(1201~04)
中興   顕世誉密道


名越の弁ヶ谷にあったと伝わる新善光寺の現在地を訪ねて葉山の上山口にやって来ました。以前に新善光寺跡を含む弁ヶ谷の記事を投稿しました(『弁ヶ谷 北条時政邸跡』)。よければ、そちらも併せてご覧下さいませ。

Google map 葉山
①長柄 ②堀内 ③一色 ④下山口 ⑤上山口 ⑥木古庭

目的地が近づくと道路の傾斜がきつくなるので、往時ではちょっとした峠道だったのでしょう。実際にも滝ノ坂という地名がありました。

滝の坂

滝ノ坂不動尊・吾妻神社


新善光寺の手前に滝ノ坂不動尊・吾妻神社と書かれた案内板があったので、立ち寄ってみることにしました。小さい境内でしたが、ツツジに囲まれた鮮やかな神社です。訪れた時期が良かったようです。

滝ノ坂不動尊・吾妻神社

三浦半島を横断する古東海道


境内にあった縁起によれば、「日本武尊が東征の途次、こんこんと霊水が湧き出るこの地で休憩し、走水から上総国へ向ったと伝えられている。」とありました。ちなみに三浦半島の古東海道ルートは、鎌倉を出たところから逗子~葉山間に諸説あるものの、上地図画像でいうところの一色・上山口・木古庭の三浦半島を横断する東西のラインはどの資料でも一致していました。

滝ノ坂不動尊・吾妻神社

滝ノ坂不動尊のご自慢の霊水は、県道横須賀葉山線の工事に伴い水脈が変化し水位が下がってしまったとありました。残念。

新善光寺


吾妻神社が坂道のピークだったようで、道は下り坂となります。坂の途中に新善光寺があります。なんと、こちらもツツジの名所だったようで、山門前がとても鮮やかでキレイでした。

新善光寺山門前

新善光寺縁起


『鎌倉廃寺事典』(以下廃寺事典)には、宗旨未詳。北条泰時が死去した際に新善光寺智導上人が念仏を勤めたとあります。また「風土記稿に新善光寺跡、名越にあり、新善光寺屋敷と唱う」とも記されています。実際にここ葉山の新善光寺に訪れてみると、浄土宗と縁起にあり、また『葉山町の歴史とくらし』(以下葉山町)には光明寺末寺とも記されています。『三浦半島の史跡みち』(以下史跡みち)では、建仁年間(1201~04)に北条政子が信州善光寺如来を名越に勧請したのがはじまりで、打ち続く戦火に悩んだ第七世顕世誉密道が、弘治二年(1556)に現在地に移転し中興したと、さらに細かい記述がみられました。


新善光寺境内


階段を登ると山門があります。『史跡みち』に、四脚門は室町中期造営で唐様手法の風情を色濃く残すとありました。つまり弘治二年(1556)の創建当初のものと考えられています。山門をくぐりさらに階段を登ると本堂となります。四脚門の向こうに階段と本堂が見えるという構図がたまりません。

山門

本堂は内陣の柱が枡組というもので、こちらもまた全国でも数少ない室町末期の禅宗様の手法を残すものなんだそうです。

本堂

山門をくぐらずに本堂のある平場へと登って行くルートもあります。そちらには池などの他、地蔵尊の額が掲げられたお堂がありました。

地蔵堂

近世の新善光寺


近世に描かれた『相中留恩記略』に新善光寺の姿がありました。行ったことのある方なら、この現在と差ほど変わらぬ境内の配置にちょっと感動するかもしれません。長い階段の途中に四脚門があり、頂部平場には本堂・庫裡・鐘楼と、現在の伽藍配置と大差ないように見受けられます。四脚門が創建当初からのものだと伝わっていますが、その信憑性がグッと高まりますね。

相中留恩記略 上山口村新善光寺
①四脚門 ②鐘楼 ③本堂 ④庫裡

ちなみに弁ヶ谷の新善光寺屋敷と呼ばれる土地も、坂を登って丘陵中腹に平場という地形です。平場はもちろん現在は住宅地です。弁ヶ谷にあった新善光寺も同じ造りだったのかもしれないとここに来て思いました。

傾城高尾太夫の里


『史跡みち』によると、江戸小舟町にあった遊郭三浦屋の遊女高尾がこの辺りの出身だとありました。彼女は太夫という最上級の遊女だったそうです。この高尾太夫のいた三浦屋を経営する四郎左衛門が元禄九年(1696)に金剛阿弥陀三尊立像を新善光寺に寄進したそうです。

新善光寺から見た高尾太夫の里

まったくもってわたくし事ですが、これまで出会った三浦半島出身の女性に魅力的な人が多かったことからも、高尾太夫もきっと素敵な女性だったのだろうと想像が膨らみます。新善光寺に訪れた一ヶ月後、葉山の探索でまた近くを通ったので寄ってみました。あれほどツツジで埋め尽くされていた参道がすっかり緑色に落ち着き、そして今度は紫陽花が咲き始めていました。




カテゴリー 探索記事(エリア別 葉山
記事作成  2015年6月5日

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