2015年7月9日木曜日

薬王寺跡


三浦一族の本拠地となる大矢部に「ボッチャ」と呼称される土地があります。矢部館と云って三浦義澄の邸があったと考えられており、近殿神社や薬王寺跡といった三浦一族に関連する史跡が残されています。

Google map 横須賀

近殿神社


三浦義明を祀る満昌寺からも近い場所に近殿神社があります。随分と鎌倉をめぐり少しは社寺に詳しくなったかと思いきや、聞いたことのない社名です。それもそのはずこちらは三浦義村を祭神とする三浦半島限定の神社のようです。読み方は「ちかどの」「ちかた」「ちかど」と色々あるそうで、『三浦半島の史跡みち』に、「鴨居に近戸神社、大津町に近片神社があったが、文字こそ違うが義村を指すようである」とありました。また意味として「衣笠城より最も近い殿という意であろうか」と史跡みちの著者鈴木かほる先生は推測しています。

近殿神社

『大矢部のはなし』によると、大矢部村の総鎮守社は昔から浅間神社だったが、享和年間(1801~1803)に紀州藩家老三浦長門守為積によって近殿神社に替えられたとあります。ですから義村を祀っているものの、この神社の創建はそれほど古くありません。島津が近世にて、よりにもよって頼朝法華堂より高い場所に先祖の墓を整備するという暴挙を成し遂げましたが、この頃こうした先祖の墓を整備する事例が藩士の間で流行っていたのでしょうか。


境内は社殿があるだけの狭い敷地です。社殿の奥に石祠がいくつか置かれていましたが、三浦氏の家紋が刻まれたものがありました。神社は大通りから少し奥まった位置にあるので、気を付けないと通り過ぎてしまいます。

三浦氏の家紋が刻まれた石祠

薬王寺跡


近殿神社から狭い路地を伝っていくとあるのが三浦義澄の墓と伝わる五輪塔です。大きめな石塔を三段に重ねたもので、頂部には宝篋印塔らしき石塔が置かれた変わった見た目です。周りには鎌倉でもよく見かける小さなサイズの五輪塔がたくさん置かれていました。

三浦義澄墓

ここには明治の頃まで薬王寺というお寺があったそうです。ですからこの五輪塔群はその薬王寺の名残りとなります。注意しないと近殿神社が見つかりませんと上記しましたが、ここはそれ以上に見つけにくい場所です。民家と民家のほんの狭い敷地にあります。


仏頂山薬王寺は、建暦二年(1212)、和田義盛が父義宗と叔父義澄の菩提を弔うために建立したと伝えられています。薬王寺で使われていた瓦は、京都壬生寺、鎌倉極楽寺とまったく同じ瓦だったそうです。この瓦の件からも往時はそれなりに格式の高いお寺だったことがうかがえますが、まぁそもそも和田義盛が建立したお寺ですから、当然でしょうか。『大矢部のはなし』によると、昔はここから裏山への登頂口があり山頂社が祀られていたそうです。また、この山は、三浦大介義明が戦死した際、義明の愛馬がこの山に駆け上り山頂で自ら舌を噛み切って死んだ場所だと言い伝えられています。

薬王寺があった谷戸 ボッチャ

義澄墓から大通り方面に戻ると、また石塔の欠片らしき石造物が置かれている一画があります。これらは駒繋ぎ石と呼ばれるもので、昔はこの石に牛や馬を繋いで薬王寺や山頂社にお参りに行っていたそうです。そしてこの駒繋ぎ石がある辺りがお寺があった頃の山門位置となるようです。

駒繋ぎ石

矢部館


『大矢部のはなし』によると、この辺りはボッチャと呼ばれていました。語源としては「坊地」が転訛したものと推測されています。赤星先生の『三浦半島城郭史』に「義澄の館は矢部(大矢部)にあったから義澄を矢部の別当と云った」とあるように矢部館は義澄の館となるようです。さらにこの義澄邸位置を満昌寺の西、それから現在の清雲寺、そしてここ薬王寺跡の3ヶ所のどれかと同書では推測していました。和田義盛がわざわざここに薬王寺を建てたことからも、矢部館と呼称される義澄邸がここボッチャにあった可能性も十分に考えられるのでしょう。

Google map 大矢部

地図を見てもわかるように山の上まで宅地開発されていて往時の様相を想像するには難しい現状となっています。但し現地に訪れるとちょっとした小谷戸であったことぐらいはかすかに伝わってきます。三浦半島って海に囲まれているので自然が多く残されているイメージをもっていましたが、それは油壺や城ヶ島などの観光地に限った話で、その他の土地開発っぷりは東京と変わらないかもしれません。宅地化が進む鎌倉に嘆く声が多く聞かれますが、それでも鎌倉はまだまだ保護されている方なのだということが三浦半島に来てよ~くわかりました。



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記事作成  2015年7月9日

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