2015年5月22日金曜日

毛越寺


山号寺号 医王山毛越寺
建立   嘉祥三年(850)
開山   慈覚大師円仁


毛越寺は、奥州藤原氏二代基衡の建立です。往時では堂塔40・僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったと云われています。壮大な庭園遺構と伽藍遺構が魅力です。

毛越寺境内


入口(下絵図①)から進むと宝物館、そして本堂(②)となります。本堂の辺りが往時の毛越寺の玄関となる南大門跡(下絵図③)となり、そこから広大な庭園遺構が広がります。池は大泉ヶ池と呼ばれています。そして池の向こうに往時では金堂円隆寺(⑦)や嘉祥寺(⑤)などの豪華絢爛な伽藍がそびえ立っていました。また、金堂円隆寺(⑦)から南大門跡(③)にかけて、往時では反り橋を架けていたと考えられています。典型的な平安浄土庭園です。園池に反り橋が架けられた様は、金沢称名寺がイメージに近いのかもしれません。

毛越寺復元配置図
①入口 ②本堂 ③南大門跡 ④開山堂 ⑤嘉祥寺跡 ⑥講堂跡 ⑦金堂円隆寺 ⑧遣水 ⑨常行堂 ⑩弁天堂

大泉ヶ池


池は、全体を大海に見せて州浜・立石・築山など自然の景観を表現しています。作庭者は不明ですが、『作庭記』(平安時代の指導書)に精通した者の意匠であることがうかがえると案内板にありました。

大泉ヶ池 とても広くて一周するのに結構時間がかかります

こちら下画像は、築山といって水辺にせまる岩山の姿を表現しています。作庭記に書かれている「枯山水の様」の実例なんだそうです。

築山

やわらかい曲線で入江を形作り、池の周辺や中島には玉石が敷かれています。


出島とその先端にある飛島には約2.5mの景石が立てられ、また、周辺には中小の石を荒々しく散らし、玉石を敷きつめています。ここが大泉ヶ池のクライマックスかもしれません。

出島石組と池中立石

こちらは一瞬子供用のアトラクションかと思うかもしれませんが、往時ではこういった船で優雅にこの池を堪能していたそうです。

大泉ヶ池に浮かぶ船

遣水


下画像は、山水を池に取り入れるための水路で、平野を流れる川の姿を表現しています。水底には玉石を敷きつめ、流れに水切り・水越し・横石などの石を配しています。こちらも『作定記』に記されている技法を目の当たりにできる貴重な遺構なんだそうです。

遣水

曲水の宴(ごくすいのえん)と云って、遣水の流れに盃を浮かべ、流れ来る間に和歌を詠み、終わって盃を頂くという、中国から伝わった催しで平安時代に盛んに行われていました。

遣水

伽藍遺構


池の向こうに嘉祥寺・金堂円隆寺などの礎石・基壇などが残されています。ここから当時の建物の様子まで創造するのは難しいかもしれませんが、鎌倉ではなかなかこんなモノ見れないのでちょっと感激です。

嘉祥寺跡

永福寺跡の礎石は地中に埋もれています。ですから毛越寺の礎石も観光客向けのフェイクかと思いきや、関係者にうかがったところ、礎石はなんと本物なんだそうです。ビックリ。金堂円隆寺は、基衡が建立した勅願寺で、毛越寺の中心的伽藍でした。復元図によれば、東西に廊が伸びる立派な建物だったようで、吾妻鏡には金銀がちりばめられていたとあります。まさに「夢の跡」ですね。

金堂円隆寺跡

こちら下画像は何も案内板がありませんでしたが、復元配置図を見る限り、弁天堂跡のようです。地形を見る限りこちらにも池と中島があったようです。

弁天堂跡
中島がある 緑が往時では池部分

毛越寺縁起


嘉祥三年(850)慈覚大師の前に白鹿がうずくまっていました。大師が近づくと姿をかき消し、やがてどこからともなく、一人の白髪の老人が現れ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げました。大師はこの老人こそ薬師如来の化身と感じ、一宇の堂を建立し、嘉祥寺と号しました。

慈覚大師を祀る開山堂

毛越寺の本尊は、現世利益の教主・薬師如来とありました。藤原氏は日常そのものが浄土世界となるように願っていたのかもしれません。




カテゴリー 平泉遺構探索
記事作成  2015年5月22日

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