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来宮神社の「き」とキノミヤ信仰

2020/08/01

神社 熱海

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来宮神社の「き」とキノミヤ信仰


今回は熱海を代表する観光名所でもある来宮神社と西湘から伊豆半島東海岸に広がるキノミヤ信仰について触れてみました。

来宮神社の「き」とキノミヤ信仰

目次 ●来宮神社の「き」
●来宮神社
●来宮神社とキノミヤ信仰
●来宮神社の「き」とは
●キノミヤ信仰の「き」
●まとめ
●あとがき

来宮神社の「き」


熱海市にある来宮神社では、樹齢2000年以上、幹周り24mという大楠を御神木としてしています。この巨木・古木の圧倒的な存在感に多くの人が感動をおぼえることでしょう。

ここで、来宮神社の来(き)とは、本来は木(き)であり、元々は「木宮」と号していたのではないだろうかという考えが浮かんできます。そこで縁起を調べてみると、確かに「木宮」と号した時代のあったことがわかりましたが、さらに来宮神社の歴史を調べていくうちに、そんな単純で簡単な話ではないことがわかりました。

ということで、今回は来宮神社の「き」をテーマに、来宮神社の歴史とその謎を掘り下げてみたいと思います。

来宮神社の大楠

来宮神社


熱海市に所在する来宮神社は、JR東海道線来宮駅から数分で向かえる距離にあります。もちろん熱海駅からバスで向かうこともできますし、また普段から史跡めぐりやハイキングをしている方なら熱海駅から歩いて行ける距離だと思います。


Google map 熱海
①熱海駅 ②来宮神社 ③来宮駅 ④熱海梅園 ⑤温泉寺 ⑥大湯

熱海市内でも有数の人気観光地となっている来宮神社は、上述したようにパワースポットとして喧伝される樹齢2000年の大楠がその人気の要因ではあるものの、神社としての厳かな雰囲気を保ちつつ、カフェを併設するなど、女子ウケ必至まちがいなしの絶妙なバランスで境内が構成されています。

来宮神社
来宮神社弁財天と磐座
来宮神社弁財天池の人懐っこい鯉
来宮神社の第二大楠と三峰社
来宮神社稲荷社
来宮神社の大楠

来宮神社とキノミヤ信仰


来宮神社の歴史は古く、和銅三年(710)に五十猛の神託によって現在の地に鎮座したのが起こりだとされています。

社伝によれば、海岸に一株の樹根(一説に仏像ともいう)が漂着し、漁夫の網にかかったが、夢に五十猛の神託があり、われを奉祀すれば、村民を守らんとあったので、現在の地に奉祀したと伝えられています。祭神はその五十猛命を主神とし、大乙貴命・日本武尊を配祀します。

そして西湘から伊豆半島東海岸にかけて、この来宮系列、もしくはキノミヤ信仰を持つ神社が分布しています。

Google map 伊豆半島
①紀伊神社(元木宮大権現) ②貴船神社(元来宮大明神) ③熱海来宮神社 ④来宮神社 ⑤火牟須比神社(元来宮神社) ⑥八幡宮来宮神社 ⑦川津来宮神社(杉桙別命神社) ⑧来宮神社

これらのうち、個人的に行ったことのある早川の紀伊神社と真鶴の貴船神社の存在が興味深く、来宮と号さないばかりか「き」を「紀」や「貴」とする社の存在することがわかりました。実際にも熱海来宮神社では、「木ノ宮」「李ノ宮」「貴ノ宮」「黄ノ宮」「紀ノ宮」などとも記された経緯のあることが熱海市史に記されています。ここで困ったことに、この時点で来宮の「き」とは「来」か「木」なのかという問いどころではなくなってしまいました。

紀伊神社
貴船神社

来宮神社の「き」とは


来宮神社の「き」が「木」である可能性として、もちろん御神木の大楠の存在が何よりですが、来宮神社の祭神が五十猛(イソタケル・イタケル)であることも重要なポイントではないでしょうか。五十猛命は素戔嗚尊(スサノオノミコト)の御子で植林・樹木の神として知られています。

ここでやはり来宮の「き」とは「木」であったのではないかと考えてもよさそうですが、しかし、『熱海市史』によれば、走湯山(伊豆山神社)縁起に、走湯山の大神が高麗国に遷居したことがあり、地主明神が同国に赴いて帰国させたことから、地主明神を奉祀し来大明神と号したとあります。

「その理由は走湯権現を再来させた神徳によってである。来大明神の神格は異国から日本国に神霊を再来させた点にかかっているのであり、樹霊信仰とは少しの関係も認められない。」(熱海市史より)


バッサリと「木」ではないと否定されてしまいましたが、でも確かに、熱海や伊豆半島各地の神社には、ともかく遠方から貴人が来る逸話が散見できます。

キノミヤ信仰の「き」


紀伊神社は木地挽の開発者(惟喬親王)が来たことに縁起が因みます。そしてこの惟喬親王を調べてみると、母が紀姓(紀静子)だということがわかりました。ですから紀伊神社には「紀」(紀氏もしくはその出自となる紀伊半島)と「貴」(惟喬親王)と「木」(木地挽)、そしてそれらが「来」たという「き」が見出せます。

貴船神社は木像を乗せた船が到来したことに因むので貴船となり、木像が「木」であり「貴」い存在でもあり、それらが「来」たという「き」が見出せます。

ということで、調べれば調べるほど次から次へと色んな「き」が出てきてしまいますが、結局のところ、来宮神社の「き」とは「来」に帰結するのではないかと思われます。但し、これら「き」の全貌を理解するには、少なくとも伊豆半島各地に所在する他のキノミヤ信仰の神社にも訪れる必要があるようです。この時点でキノミヤ信仰の序章に触れたに過ぎないということに気が付きました。あしからず。

紀伊神社の大楠 小田原市内最大の古木
貴船神社のある真鶴半島
黒松や楠などの巨木にシイ・タブなどの照葉樹林が生い茂っている

まとめ


●キノミヤ信仰の「き」には「来」「木」「貴」「紀」などがある。さらに伊豆半島の奥まで足を運ぶと「忌」があるらしい。

●キノミヤ信仰の「き」とは、「木」「紀」「貴」などの「き」が「来」たことに由来するため、キノミヤ信仰及び来宮神社の「き」とは「来」である。


夜の来宮神社

あとが「き」


熱海市に今宮神社という、こちらも大楠のある神社がありました。熱海市史に、「今宮は今来(いまき)と同じであろう」という思わせぶりな記述がみられます。どこか根底では繋がっているような雰囲気を感じずにはいられません。

伊豆半島および周辺では、この他にも熱海市の多賀神社、西伊豆の土肥神社、そして湯河原の五所神社などにも訪れましたが、それぞれに立派な古木・大木が存在していました。特に多賀神社と土肥神社の祭神や由縁からは、キノミヤを持って来た人たちと同系統なんじゃないかとか考えさせられます。

いづれ熱海の先にある伊豆半島に所在するキノミヤ信仰の神社に訪れて「き」の答えを見つけたいと思います。でも結局「きとは木であり来でもある」とかそんな答えにたどり着きそうな「気」もしますけどね。

今宮神社
こちらも大楠の存在感が半端ない

基本情報

住所  :静岡県熱海市西山町43−1
駐車場 :有り
拝観時間:9時~17時
拝観料 :なし

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